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さて、夕飯後はいつものように、TV見ながらのまったりタイムです。 いつものようにマスターさんは両手で湯飲みをもって正座で、私もいつものようにマスターさんに並ぶように卓袱台の上で正座で。 最近、『いつものように』というのは、わりと高い幸せポイントを叩き出す要素なのではないかと思ったりしています。 その証拠にドッグテイルも、激しさこそないもののずっとふーりふーりと、止まることなく振られ続けているのです。 その一方で、『いつものよう』ではないからこそ幸せな部分もありまして。 具体的に言いますと、正座する私の下に敷かれた、武装神姫サイズの藍色の座布団です。 過日の神姫センター訪問の際にきちんとした正座が可能となった私に合わせ、マスターさんがお土産と称してお買い求め下さった、お気に入りの一品なのです。 武器や装備といった物以外にも、こういった痒いところに手の届くような小道具も扱っているあたり、神姫センターの品揃えは心憎いものですね。 と、マスターさんがごくさりげなく、湯飲みを卓袱台の上に置きました。 私は特に応えもなく、急須を抱えてお代わりを注ぎます。 ちなみに私の現在の装備は、ハウリン基本セットから武器と手甲・拳狼を外し、手は代わりに通常のマニュピレーターに換装しているている状態です。単純なパワーでは拳狼と腕甲・万武および胸甲・心守を連結させたほうが上ですが、やはり利便性では、指がしっかり使える通常のマニュピレーターのほうがなにかと使い勝手がよいのです。 「ありがとうございます」 深々。 「どういたしまして」 深々。 このあたりのやり取りも、すでに特別な会話は必要なくなっております。 これもまた『いつものように』な、幸せなやり取りですね。 『いつものように』あれば幸せで、『いつものようでない』ことも幸せで。 ああ、かくも世の中は幸せに満ちているのです、しみじみ。 「ところで犬子さん」 「何でしょうマスターさん」 ニュースが天気予報コーナーに変わったあたりで、マスターさんが口を開きました。 顔だけを僅かにこちらに向け膝は向けなおしていないので、話題としては軽いものになると推測されます。 とはいえこちらはお仕えする身、座布団の上でマスターさんに膝を向けなおし、拝聴する姿勢を取ります。 「ふと思い出したのですが、犬子さんにはあらかじめプログラムされた隠し芸をお持ちなのでしたよね」 「はい、ハウリン芸のことですね?」 「ええと、そんなお名前でしたっけか?」 「正確にはハウリンタイプ48の宴会芸カッコ封印指定により現在は正確には47カッコ閉じる、となっておりますが、長いので省略してハウリン芸と」 「なるほど。いえ、あれには他にどんなものがあるのかな、と思いまして」 「なるほどなるほど。では論より証拠、百聞は一見にしかず、ハウリン芸のメドレー公開をば」 「いえ! 実演の前に、ぜひとも説明を!」 ……珍しい、マスターさんがエクスクラメーションマークつきの台詞をお話になるとは。 これはアレですね、以前公開し封印指定された『ゾンビ・ハンド』が、程よくトラウマ風味になっているご様子。 確かにアレは、起動直後で人間の情緒に通じていなかったとはいえ、失敗でした。 いかにあらかじめ外されていた腕部パーツがあって下準備的に絶好のチャンスだったとはいえ、マスターさんが武装神姫がパーツ分解可能であることに違和感を感じていらっしゃった時にわざわざあの技を選ぶとは……まさに「空気読め」と言うに相応しい失態です。 ですが。だからこそなおの事、誤解は解いておく必要がありますね。 私は座布団から立ち上がりますと、にっこりとマスターさんに笑いかけました。 「ご安心ください、マスターさん。『ゾンビ・ハンド』の類な芸ばかりではございませんので。例えば……」 だん、と私は脚甲・狗駆を踏み鳴らします。そして右足を大きく踏み出しつつ、前方に素早く左右で正拳二連。 すかさず左足が跳ね上がり、前蹴り。その左足で踏み込むと同時に、両の手を開くようにして前後に掌底打ち。 そして、右腕を下から、左腕は上から大きく回し、胸の前で交差させてから、視点を右に転じ重心をそちらにずらしつつ右裏拳。 一瞬の貯めのあと、今度は視点を左に転じ、右足で回し蹴り、間を置かず左足で後ろ回し蹴り、その回転の勢いを加速させるようにジャンプし、空中で右回し蹴り。 着地と同時に身を伏せ、回転の勢いを止めずに左の脚払い。 その勢いに乗ったままで身を起こし、全身のバネを使って大きく前方に踏み込みつつ、正拳。 正拳を打ち放った姿勢を保つこと2秒ののち、私は構えを解き、マスターさんに向き直ります。 そして膝を落とし正座をすると、深々と頭を下げます。 「ハウリン芸が18、演舞の型乙・心守・無手……お粗末さまでした」 「お見事でした」 すかさず、いつの間にやらこちらに膝を向けなおしていたマスターさんから、ぱちぱちと拍手をいただきました。恐縮です。 「とまぁこのように、隠し芸の大半は『踊り』の類なのです」 「ほほう、そうでしたか」 今のも基本的には、もとより武装神姫に備わっている攻撃モーションパターンの複合なのですが、それをうまく組み合わせればちょっとした演舞になるという訳です。 「ほかにも、十手や棘輪を用いたバージョンや、吠莱を棍に見立てたバージョン、それらの複合があり、それぞれが数パターンに分かれています」 さらには、胸甲・心守を装備している時と素体の時では関節可動範囲も変わってくるため、そこでもバージョン違いが存在しまして。 「結果、『演舞』の類だけでざっと半数は占めますね」 「なるほど、さすがは武装神姫と言ったところですか」 「そして他にも、開発中にモーションテストでプログラムされたダンスなどもありまして」 踊りという見栄えがあり重心の移動の大きい動きは、デモの意味でもテストの意味でも効果が高いため、武装神姫そのものの開発期にも、我がケモテック社内での開発期にも様々なダンスが仕込まれたようです。 「それが隠し芸として犬子さんに残されているわけですか……なるほど、武装神姫が成立する黎明期から受け継がれてきたものと考えると、感慨深いものがありますねぇ」 なるほど。その視点は、私にとっては新鮮です。 「私にとっては単なる用意されたプログラムと言う認識でしたが……確かに改めてその成立に思いを馳せてみると、こう、身が引き締まるというか、足場が踏み固められたような想いです」 「そうでしょうね、それはあなた方の先達の足跡そのもの……言うなれば武装神姫の、『伝統芸能』と言ったところですから」 そのような形容をお受けすると、まだまだ歴史の浅い武装神姫なりにも受け継がれてきたものがあるという実感を得て、深く感情回路に共鳴するものを覚えます。 それにつけてもさすがマスターさん、私に感銘を受けさせるお言葉もお手の物です。 ……まぁ、私がマスターさんのお言葉ならなんでも感銘を受けるお手軽武装神姫だと言うことは置いておきましょう。 それはともかく。 「そんな訳で、私の中には様々なダンスが用意されているわけですが、我らがケモテック社製MMSともなれば、単なるダンスのさらに一つ上の芸も持ち合わせておりまして」 気を良くした私はさらなる芸をお見せするべく、立ち上がって右手を高々と差し上げ、ぱちんと指を高らかに鳴らしました。 それに呼応するように、マスターさんの座卓に備えられた私のクレイドルの傍に待機中だったプチマスィーンズが一斉に起動、螺旋を描くように一度天井近くまで上昇します。 そしてその高みから、私の背の壱号の指令を受けて、私の目の前に弐号が着地、さらにその上に参号がまたさらにその上に肆号が、どん! どん! どん!と積み上がって行きました。 すかさず私は、肆号の上に顎を載せます。 さらに私の頭部の上に伍号がどん!と着地。その衝撃に耐えながらも、フォーメーションを組み終えた私は、両手をしゃきーんと大きく雄大に広げて、芸の完成を示す最後の言葉を言い放ちます。 「トーテムポール」 ……さすがはマスターさん。常人ならば10秒は反応に困ると思われるこのハウリン芸の38を目の当りにして、わずか二秒で拍手を開始されるとは。いつもながらお見事な義理堅さです。 ちなみにこの一連の仕草及び集結の軌道は実は必要のない動作なのですが、まぁバトルならばいざ知らず芸としてお見せするならば演出も重要と言うことで、いささか芝居がかっておりますので、悪しからず。 「ええと、それで、そのトーテムポールが、ダンスの一つ上の芸なのでしょうか?」 「いいえ」 わりと微妙なバランスを保つ必要のあるトーテムポールフォーメーションでは顔が動かせないので、視線だけでマスターさんを見上げて答える私です。 「これは単に、プチマスィーンズを手元に呼び寄せるついでです」 「そうですか」 「そうです」 つまりこれからが本番です。 頭上から伍号が退いたので、私は身を起こします。 肆号、参号、弐号も順にフォーメーションを解除し、改めて私の背後、腰の高さに整列しました。 おあつらえ向きに、CMに突入したテレビからは、リズミカルなBGMが流れてきます。 「お見せいたしましょう、ハウリン芸の難易度ナンバー3、『アドリブダンスwithプチ』を!」 私はつま先でステップを刻んでCMのリズムとの同調をはかり、同時に、私の背後に控えたプチマスィーンズたちにもリズムに合わせて揺れるような機動をとらせ……そして同調を終えた瞬間、BGMにあわせダンスを開始します。 今流れているのは化粧品のCMなのですが、BGMに流れるタイアップ流行アーティストのナンバーはアップビート気味で、私はそれに対して予測演算も交えつつリアルタイムで相応しいダンスステップを検索即実行、遅滞なく身を踊らせて行きます。もちろん背後のプチマスィーンズたちにもリズムに合わせた動きをさせ、バックダンサーとして演出させます。 ……やがてCMが途切れ、別のCMに切り替わります。今度は日本茶のボトル飲料のCMで、BGMはうって変わって和風のゆったりしたリズムのものになりました。 すかさず私も処理リズムを再調整、再び同調を取ると、今のBGMにあわせたゆったりとした日本舞踊に近いダンスに切り替えます。 そんな風にCMの続く3分間、次々とBGMにあわせたダンスを披露して行きます。 ……簡単に言っていますが、わりと大変なのですよ? あらかじめ決めたリズムであらかじめ決まった機動を取るのではなく、その場に流れるBGMに相応しい動きを瞬時に選択、その選択にあわせた身体運動の制御、さらにはプチマスィーンズへの指令までをも並列処理。 しかも、それぞれが場当たり的ではいけません。ダンスとしての統一感があるように……と、口で言えば一言ですが、それを判断しうる感性の発達が大前提として必要で、つまりいわば創造性をも駆使せねばならないのです。 ハウリン芸の難易度ナンバー3に数えられるのは伊達ではないのですよ。 まぁもっとも、そんな「水面下で激しく足を動かす白鳥」的な事情は、ちゃんと説明しないとなかなかオーナーには……とりわけマスターさんには伝わりにくいのですけどね。 とはいえそれを差し引いて見ても、BGMに合わせて次々変わる、バックダンサーを従えてのダンスには見栄えがよく、それだけでもハウリン芸の上位にランクインしていることの説得力は十分かと。 CMが明けダンスも終了させた私は、座礼をしようとして……ちょっと考えてそれは止めて、代わりに頭甲を外します。 そして頭甲を持った右手を一度頭上に差し上げてから、右足を左後方に引きつつ、右手を大きく横から回すように胸の前まで持ってきながら、一礼。 ちょっと優雅を気取ってみました。 すかさず(今度は遅滞なく)マスターさんからの高らかな拍手を頂きます。 「素敵でしたよ、犬子さん」 「過分なお言葉、痛み入ります」 私は恐縮しつつ照れながら、頭甲を付け直しました。うん、セット良し。 「お気に入りいただけたようで何よりです。現状これが、私のお見せできる最高の芸ですので」 再び座布団の上に正座し、私は深々と座礼します。 その言葉に、マスターさんは首を僅かに傾げました。 「先ほど犬子さんは、今のダンスを三番目と仰っていたように思いますが?」 む、つっこまれてしまいましたか。これは私が迂闊だったと言うべきでしょう。とはいえ聞かれたら嘘が言えないのが武装神姫。答えるほかありません。あとはうまく、話題を誘導できるか否か。 「ええ、仰る通り、難易度の高いものがさらに二つあるのですが、現状ではお見せできないのです」 「ほほう? それはどういった訳なのですか?」 「はい、一つは芸として危険度が高く不適切な面もあるための自粛です。 そしてもう一方は単純に、まだ完成していないのです」 マスターさんは、再び小さく首を傾げます。 「完成していない状態で、芸として登録されているのですか?」 「はい、その芸の理論だけ与えられて、実行部分はすっぽりと抜け落ちている、そんな状態でして」 「それは不思議なお話ですねぇ。その理論と言う部分を、お聞かせ願えますか?」 「はい。その芸、『オリジナルダンス』と銘打たれたそれの解説は、『オリジナルの歌を創作し、それに合わせてオリジナルのダンスを踊る』とだけ記載されております」 「ふむ、オリジナル、ですか……」 マスターさん、それがどういうことかと思案するように、一口お茶を飲まれました。 「犬子さんは、それをどう思いますか?」 「はい」 私は居住まいを正し、ずっと考えていた答えを口にします。 「私はこれを、『開発者の皆様からのメッセージ』ではないか、と考えております」 <そのじゅう> <その12> <目次>
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朝だ…月曜の朝だ。また公に奉仕する5日間が始まるのだ。 ヴェル達はまだ昨日のバトルの疲れからか、まだ眠っている。 起こすのも悪いので、小さく「言ってきます」を言って出かける。 朝7時半、まだ受付開始をしていない市役所の入り口をくぐる。 「おっはよ~ございま~っす…」 「おはよう、岡島君。」 「おう、岡島君、おはよう!まだ寝ぼけとるのか?もっとシャキッとせい! シャキッと!」 あんたのシャキッとぶりが異常だよ…阿内課長。 朝9時、始業のチャイムが鳴る。俺は4.5メートル四方の小さな部屋に、申し訳程度に 置かれたパイプイスに座り会議テーブル2台をつなげたテーブルにおいてある 『予約表』を確認する。それにずらっと書かれている『予約者』。 今の俺の仕事は、厨房工房の子供が居る親の相談員である。 扉を開けて入ってきたマダムの日々溜まっている不安や愚痴を、適切且つ妥当に聞いて、 適切且つ妥当な答えを返してあげる…それを1日平均10件ほど繰り返す…そんな仕事だ。 つーか、20代半ばでまだ子供も居ない独身男にそんな相談員役を押しつけるんだから、 全くココの市政はどうかしている。 もっと異性、特に若い女性との出会いが多い職場にさっさと異動したいものだ。 そうしている内に、一人目のお客様が入ってきた。いかにも「宅の坊やが云々…」 と言い出しそうなPTAな風貌の『奥様』である。 「おはようございます。さて…今日の相談内容ですが…どのような?」 「聞いてくださいな…宅の政則ちゃんったら、15歳にもなって人形遊びに夢中に なってますのよ!」 「ほう…人形遊び?(ドールのことか?)」 「そうですの!今テレビでもやってる武装…なんたらっていうお人形ですの?毎日 勉強もせずにそのお人形に話しかけて居ますの…ああ気持ち悪い! 何でも?聞いた話によると、20・30越えたいい大人までそんな物にムダなお金を つぎ込んでるって言うじゃないですの!?世も末ですわね…!」 「ほう…それは興味深い。(その『いい大人』が目の前に居るんだよ…悪かったな ムダな金つぎ込んでて!)」 と、言ったその時である。 「ふぁ~…よく寝たのだ。あれ?ここはどこなのだ?あ、マスター、おはようなのだ!」 「じゃ…ジャロ…お前…!!」 「な…なんですのこの子…?」 「は…ははは…これが奥様の言っていた『武装神姫』です…。最近、同じような相談が 多い物ですので、後学のために購入を…」 (やばい!非常にヤバイ!ここはどうやって切り抜けるか…) 「あ~ら~!可愛いわね~!お名前、なんて言うの?」 (あれ?) 「ジャロなのだ!イタリアごで、きいろのいみなのだ、マスターがつけてくれたのだ!」 「ジャロちゃんには、姉妹が居るのかしら?」 「おねーちゃんがふたりと、いもうとがひとりいるのだ。おねーちゃんたちはとっても やさしいのだ!でも、いもうとはやさぐれてるのだ!わるいこなのだ!」 ヴェル「くしゅん!」 ノワル「へーちょ」 コニー「でぇぇぇぇぇくしょい!…コンチクショウめ!」 ヴェル「だれか噂でもしてるのかしら…?そう言えばジャロの姿が見えないけど、何処 行ったのかしら…。」 ノワル「ボク知らないよ~?」 コニー「さ~ね。大方でっかいウンコでもしてんじゃないの~?」 それから、ジャロと奥様の歓談が数十分続いた。俺はとりあえず、 「息子さんの神姫とも話して見てあげてください、多分、息子さんの気持ちが理解できると 思いますよ。」 と言う決まり文句で納得して頂き、相談を終わらせた。 それからと言うもの、何の因果か入ってくる奥様の今日の相談内容の全てが武装神姫がらみ。 最初は全く理解していなかった奥様方も、ジャロの姿、仕草に悩殺され、息子との相互理解 を深めるべく、軽やかにお家に帰って行った。 無論、デスクでもジャロの人気は衰える事を知らず、課の男連中は、帰りに買っていこうか などといい、女性陣はジャロの大好物のシュークリームを上げて、その食べる姿に黄色い 歓声を上げたり…と、大人気であった。 まぁ最後に「今度から間違っても武装神姫を連れて来ちゃダメ」との課長の有り難いお言葉を 頂いた訳だが…。 終業時間となり、俺はジャロと一緒に帰路に着いた。 「きょうはたのしかったのだ!シュークリームもおいしかったのだ!」 「…そうだな、でも今度から背広のポケットで寝ちゃダメだぞ!」 「は~い、わかったのだぁ…。」 ちょっぴり残念そうなジャロ、でも、彼女は気づいていない。昨日、偶然にも俺のポケットで 寝ていたおかげで、理解のない親に半ば強制的に捨てられる神姫達の命を救った事を…。 「お疲れさま、英雄。」 めでたし めでたし。
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キズナのキセキ ACT1-28「すべてがつながるとき」 ◆ 形勢は逆転していた。 マグダレーナが攻め、ミスティが下がる。 マグダレーナが切り札と言うだけあって、長剣ソリッドスネークは尋常でない破壊力を秘めていた。 「シャアアアアァァッ!!」 しわがれ声で放たれる気合いは、まるでガラガラヘビの威嚇音のようだ。 振るわれた長剣が蛇のようにうねり、ミスティに襲いかかる。 「くっ……!」 エアロヴァジュラを立て、受け流すように防御する。 耳障りな音を立てて迫るソリッドスネーク。刀身をいくつもの刃に分裂させ、次々にエアロヴァジュラと接触する。 なんとか防ぎきった。 ほっとするのも束の間、ミスティはぞっとする。 手にした刀は、ガタガタに刃こぼれしていた。これでは刀として斬る用をなさない。 「……なんてこと」 刃の強度が違うのだ。エアロヴァジュラはソリッドスネークの刃に負けてしまっている。 防戦に回っては不利だ。 「……ならばっ!」 ミスティはボロボロの刀を振り上げ疾走する。 攻めに出て、形勢を取り戻す。刃こぼれしていてもまだ使える。斬るのではなく、叩きつける。 ミスティは一気にマグダレーナの間合いに踏み込んだ。 しかし。 「……っ!!」 またしても耳障りな音と共に、ミスティの視界をソリッドスネークの蛇腹が横切った。 落ち着きを払ったマグダレーナによる操作で、ソリッドスネークは彼女を取り巻くように動いている。 まるで刃の結界。三六○度、隙はない。 「おおぉっ!!」 それでもミスティは、力任せにエアロヴァジュラを振り下ろした。 ソリッドスネークが宙を走りながら、その一撃を受け止める。 逆に、流れる連結刃がその一刀を次々と襲う。 ついにエアロヴァジュラが粉々に砕け散った。 「……くそっ!」 素早く間合いを取りながら、手に残った柄をマグダレーナに投げつける。 しかし、それもソリッドスネークの餌食になった。空中で粉砕され、マグダレーナに届くことはない。 その様子を睨みながら、ミスティはソリッドスネークの間合いの外へ退いた。 左の副腕にマウントされていた予備のエアロヴァジュラを抜き取る。 だが、この予備の刀もどれほどに役に立つものか。 あのソリッドスネークという武器はやっかいだ。 攻撃には縦横自在の動きで圧倒してくる。連なる刃による連続攻撃をはまるでチェーンソーだ。迂闊な防御は役に立たない。 防御にも力を発揮している。マグダレーナを取り巻くように動いて、近寄らせない。迂闊に近寄れば、なます切りになるだろう。まさに攻防一体の防御陣だ。 ソリッドスネークの動きは武器の域を越えて、まるで生き物のように思える。意志を持った生き物のように。 「……まさか……」 ◆ 「なにあれ……まるで生きてるみたい……」 涼子の感想は、奇しくもミスティと一致していた。 蛇腹剣・ソリッドスネークは、まるで意志を持つ蛇のごとく、ミスティを攻め、マグダレーナを守る。 マグダレーナの操作は超絶と言えよう。対峙した状態でも、ソリッドスネークの剣先は、ミスティを威嚇しているように見える。 まるで獲物に飛びかからんとする蛇の様相。 「……まさか……!」 美緒は思わず声を上げていた。 「まさか、ソリッドスネークも……あれも神姫……!?」 「……っ!」 その場にいた全員が息を飲む。 考えられないことではない。いや、その可能性の方が高い。 あれほどに意志を持った動きをするマグダレーナの武器ならば……『マルチオーダー』の支配下にあると考える方が自然だ。 だとすれば、マグダレーナは特殊スキルの一つを取り戻したことになる。 そして、ミスティは二人の神姫を相手にしているのと同じだった。 ソリッドスネークの動きはマグダレーナの操作ではない。ソリッドスネークという神姫の意志だというならば、あれほどに意志の宿った動きにも納得がいく。 対するミスティは、この短い間に圧倒的な劣勢に追いつめられていた。 「勝てるのかよ、ミスティ……」 弱気な言葉を口にしながら、有紀はそっとチームリーダーの顔を見た。 このバトルでミスティの有利を作り続けたその男。 遠野貴樹は無言のまま、戦況を睨み続けている。 ◆ これまでの鬱憤を晴らすかのように、マグダレーナが攻めに出る。 ミスティは焦燥にかられながら、回避するので精一杯の状況だった。 ミスティの武装はすでにボロボロだ。 背面にあったアサルトカービンもすでになく、二本目のエアロヴァジュラも刃こぼれでガラクタ同然。 人工ダイヤの爪はさすがに健在だった。だが、蛇腹剣の一撃をはじいた後、爪を装備した副腕の指は軸が歪み、まともに動かなくなっていた。 装甲にはすでに無数の傷が付けられている。両足の装備が健在で、いまだに滑走していられるのは僥倖という他はない。 あるいは、マグダレーナが意図的に脚に攻撃していないだけかも知れない。奴は「楽には殺さない」と宣言している。 市販品の装備をいくらカスタマイズしても、破壊に特化した特別製の装備に対しては、これが限界だ。 攻撃を捌くのも、いいところあと二回が限度。その前に攻撃にまわり、マグダレーナを倒さなくては、そもそも攻撃の手段を失ってしまう。 しかし、ソリッドスネークを用いた攻勢防御に隙はない。 無理に踏む込めば、ミキサーに飛び込むがごとく、粉砕されるのがオチだ。 「どうすりゃいいってのよ……」 思わず転がり出る弱気。 その逡巡こそ、隙だった。 「……しまった!」 鋼の蛇が襲い来る。 這っていた地面から一息に跳びかかってくる。 反射的に前に出した左の副腕は防御の態勢。 だが遅い。超硬度を誇るソリッドスネークに対し、市販品程度の装甲では防御にならない。左副腕は絶好の餌食だ。 鋼鉄の大蛇の牙が迫る。 鋭い切っ先がまるで飴細工のように、ミスティのカウル状の装甲を引き裂く。 蛇腹の動きは止まらない。 ミスティは苦渋の表情で副腕を捨てる覚悟をする……しようとしたその時。 「なに……っ!?」 驚きの声を発したのはマグダレーナだった。 緑色の装甲を引き裂かんと、蛇腹剣が絡みつこうとした。 が、その瞬間、澄んだ音を立て、蛇のうねりがはじかれたのだ。 ありえない。 市販品の武装パーツごとき、ソリッドスネークで引き裂けないはずがない。 その証拠に、カウル状の腕アーマーはズタズタだ。 驚いているのはミスティも同じだった。 絶体絶命の攻撃を跳ね返した原因に心当たりはない。不思議に思いながら、左の副腕に視線を向ける。 そこに、発見した。 「……なにこれ?」 引き裂かれた装甲の陰、ねじくれたような形の黒光りする金属の棒が覗いている。 剣だ。 黒い刀身を持つ一本の剣。 ミスティは右の副腕を使って、ズタズタに引き裂かれた装甲を剥がす。 装甲の中に剣がマウントされていることなど、ミスティは知らなかった。おそらく、菜々子も知らないだろう。 剣の姿が露わになる。独特の形をした黒剣。 長さはエアロヴァジュラとさして変わらない。フォルムも似ているような気がする。 特徴的なのは、柄尻から先にナイフほどの短い刀身が伸びていることだ。極端な長さの違いはあるが、双剣になっている。 そして、ソリッドスネークの攻撃を受けたというのに、刀身には一点の曇りもなかった。 ミスティは既視感のようなものを感じた。初めて見る剣だというのに、どこかで見たことがあるような感じ。例えればそれは「懐かしさ」であろうか。 ミスティは手を伸ばす。柄を握る。 剣は、あっけなくはずれ、ミスティの手に収まった。 まるでミスティのためにあつらえたかのように、ぴったりと手に馴染む。 しかし、ミスティのメモリーに、この剣のデータはなかった。 この剣はいったい……? □ やっと姿を現したか。 俺が準備していた、最後の切り札。それがあの剣だった。 使わないならそれに越したことはないと思っていたが。 「なんだ……あれは……剣か?」 大城の戸惑うような問いに、俺は頷く。 「ああ、餞別だよ。日暮店長からの。……伝説の剣だ」 ヘッドセットの正体を突き止めるために、日暮店長を訪ねた時、彼に渡された小さな木の箱。 その中に入っていたのが、今ミスティが手にしている黒い剣だった。 「伝説? 何言ってんだ、遠野、こんな時に……」 「知らないか、大城? ……以前、オーメストラーダ社のデザイナーが私費を投じて、個人制作の新型武装神姫を発表した。 女神をモチーフにした神姫で、前評判も高かったが……あまりの完成度の高さゆえに、生産コストが釣り合わず、コンセプトモデルまで発表しておきながら、結局お蔵入りになった」 「……おいおい! それってほとんど都市伝説だろ!?」 「だから言っただろう、伝説の剣だと」 大城は知っていたらしい。 しかし、八重樫さんたち高校生のチームメイトは首を傾げている。 だから俺は説明を続けた。 「その完成度の高さは、その神姫にセットされる予定だった武装も例外じゃなかった。 ショートライフル、長刀、そしてCQCソード。 その武装神姫の発売中止とともに、サンプルとして生産された神姫本体と武装のサンプルがごく少数、市場に流れた。 その神姫は、信念の女神をモチーフにしていたという。 そして、彼女の持つ三つの武器は、信念を貫く者に応えると伝えられた」 「それじゃあ、あの剣は……」 「そう。あの剣こそ、信念の女神の剣……CQCソード、その名は『ブラックライオン』」 「ブラックライオン……」 「『エトランゼ』にはぴったりの剣だろう? イーダ型のデザイナーの手による、最高の完成度の武装。 何より、ブラックライオンは……信念を貫く者に応えるのだから」 だが、そう言うと同時に、俺は不安を感じている。 武器の強度は同等以上、それはいい。 しかし、ブラックライオンとソリッドスネークではリーチの差が圧倒的だ。 あのソリッドスネークをかいくぐり、マグダレーナを倒しきる方法を、俺はどうしても思いつけない。 俺が策を届けられるのはここまでだ。あとはもう、戦場の二人に託す他はなかった。 ◆ マグダレーナの力任せ攻撃を、ミスティは冷静に捌き続けていた。 この冷静さは例の特訓で身につけたものだ。武士道モードの本領発揮である。 逆に、マグダレーナの方は自分が優勢であるにもかかわらず、ムキになっていた。 攻撃が単調になるのもかまわず、ソリッドスネークで打ちつける。 それをミスティが的確な動きで受け流している。 ブラックライオンの強度は、ソリッドスネークを上回っている。ブラックライオンは何度も攻撃を受けているというのに、漆黒の刀身には曇り一つない。逆に、ソリッドスネークは小さな刃こぼれがわずかながら確認できた。 ついにマグダレーナが攻撃を止める。策もなしに、力任せに斬り付けていても、今のミスティは崩せないと悟った。 間合いを取り、蛇腹剣を下段に構える。長い刀身が地面に垂れるが、剣先だけはミスティを威嚇するように首をもたげている。 ミスティはほっと吐息をついた。 彼女は内心、追いつめられていた。 ブラックライオンは確かに頼りになる武器だ。しかし、ソリッドスネークの自在な動きとリーチの長さは未だ健在である。 そして、それをかいくぐる術もないし、たとえマグダレーナと接敵しても、奴を倒しきる方法もない。今のままでは、いずれソリッドスネークの餌食になってしまうだろう。 劣勢なのは未だ自分の方だ。 それを思い知り、焦る。 たとえ刺し違えても奴を倒さなければ。 思い詰めた思考回路がそんなことを考えたが、ミスティはすぐに否定する。 ……いや、刺し違えるのではダメだ。 わたしが壊れてしまったら、ナナコはまた深く傷ついてしまう。今度は二度と立ち直れないかも知れない。 そんなのはダメだ。 マグダレーナを倒し、勝たなくては。 ミスティは心の中で苦笑する。 なんてハードなオーダーなのかしら。 でも、やりきらなくてはならない。いえ、やりきってみせる。 必ず勝つ。 ナナコを守るために。 それが、最後のパスワード、だった。 ミスティのコアの奥深くで、何かの認証がなされた。 (……なに……?) ミスティの視界の中に、文字が書き出されてゆく。 〈意識水準チェック……OK〉 〈技術水準チェック……OK〉 〈装備水準チェック……OK〉 〈基準条件ロック解除、ファイル解凍開始〉 その表示が出た瞬間、ミスティは自分の身体の奥底で、何かが開く音を確かに聞いた。 その刹那。 緑色に発光する0と1の無数の羅列が、音がした部分から間欠泉のように噴き出してくる。 その0と1は、ミスティの未使用のリソース部分に書き出され、ものすごい勢いで整然と並んでいく。 ミスティが意識すれば、視界はグリーンディスプレイのように緑の文字で埋まる。 意味のなかった二文字の羅列が意味をなす。 急速に書き出されていくそれは…… (戦闘プログラム!?) 記憶野の奥深くに隠されていたのは、戦闘プログラムの圧縮ファイルで間違いない。 突然の出来事に目を見張っていたのは、実はほんの一瞬のことだったようだ。 気がつけば、書き出されたプログラムの最後にカーソルが点滅している。 プログラムの最後は付加された注意書きで締められていた。 ミスティはその文字に視線を走らせる。 --------------- わたしのコアを受け継ぐ神姫へ マスターが考案し、わたしが組み立てた、この技。 心、技、体……すべてのプロテクトを解除したあなたには、この技が使えるはずです。 この技が、わたしの最愛のマスター・久住菜々子を守ってくれることを願って。 ミスティ --------------- 初代。 「……姉さん!」 ミスティは無意識のうちに、そう叫んでいた。 同じだった。 嫌っていた初代、彼女の想いもまた、二代目の自分と同じだった。 菜々子を守りたい。 この世にたった一人のマスターを傷つけたくない。もうこれ以上、傷ついて欲しくない。 いや、本当はわかっていた。 ミスティのくだらない劣等感が、初代の想いどころか存在すら拒否していた。 初代はずっと、わたしに手を差し伸べていたはずなのに。 ティアの言葉を聞いていれば、きっと、もっと早く分かったはずなのに。 そして。 こうして伝えられた想いの強さに、今、ミスティは感動さえ覚えていた。 これは奇跡だ。 時を越えても、身体が他の神姫のものになっても、心さえ自分のものではなくなっても、それでも。 最愛のマスターを守りたい、と。 その尊い想いは、確かにミスティの胸に伝わった。 これが奇跡でなくてなんだというのか。 ふと気配を感じ、ミスティは顔を横に向けた。 すぐ隣に、薄く輝きを放つ、白いストラーフが立っている。優しい眼差しでミスティを見つめていた。 初めて見るその神姫を、ミスティは知っていた。 彼女こそは、久住菜々子が初めて所有した神姫。 初代ミスティ。 イーダのミスティの……姉のような存在。 ミスティは真剣な、しかし脅えをはらんだ瞳で、姉を見つめた。 「ごめんなさい、姉さん。 今のわたしじゃ、あいつを倒せない。 ナナコを、守れない。 だから……一緒に戦ってくれる? わたしたちのマスターを守るために。 ……お願い、力を貸して」 ミスティはおずおずと手を伸ばす。 白いストラーフの手がゆっくりと伸びて、ミスティの手をしっかりと掴んだ。 ミスティは少し安堵したように微笑する。 すると、ストラーフのミスティは、にっこりと笑い、そして寄り添う。 白い影がほどけてゆく。 緑色に発光する、無数の0と1の集合へと変化する。 それが一陣の風となって、ミスティの小さな胸に流れ込んだ。 同化する。 戦闘プログラム・インストール完了。 それは、ストラーフのミスティ最後の技。 その名を『花霞(はながすみ)』という。 「完璧だわ……」 かつて、誰かが言った。 技は絆の証だと。 ならば、託されたこの技は、初代と自分をつなぐ絆。 ミスティを名乗る神姫に受け継がれる想いの結晶。 かつて、ミスティがもっとも尊敬し愛する神姫が、言っていた。 神姫の名は誇りだと。 ならば、わたしも誇りを抱こう。 菜々子の神姫として、ミスティの名を継ぐことに! いま、すべての絆がつながった。 ミスティは仰いでいた顔を戻し、正面を見据えた。 いぶかしげな表情のマグダレーナがそこにいる。 瞳に宿るのは、強い意志。 これ以上ないほどに心は燃えていたが、意識はひどく冷静だった。 これもあの合宿の成果……武士道モードのおかげなのか。 ミスティは現状を分析する。 武器の強さは互角。 マグダレーナを倒す最後の一手もある。 だけど、足りない。 ソリッドスネークのリーチを無効にし、マグダレーナ本体に接近する方法がない。 ミスティには策がない。 ならばどうするか。 その策を考えるのは……そう、マスターの役目だ。彼女ならば、いい手を閃くに違いない。 そう信じて、ミスティは叫んだ。 「ナナコ! 桜散らすわ! どうする!?」 菜々子はその一言に、びくりと身体を震わせる。 わかった。菜々子にはその一言だけですべてが理解できた。 今、この一瞬の間に、ミスティが何を見て、そして何を得たのかを。 そして、ミスティが菜々子に何を求めているのかも。 「ミスティ……」 菜々子は俯き、吐息のようにその名を呼ぶ。 かつて心を救われ、家族として愛した白い神姫を想う。 ありがとう。今もわたしを助けてくれるのね。今のミスティも大事に想ってくれて……ほんとうに、ありがとう。 今、菜々子は実感していた。 わたしは独りではない。 武装神姫を通して出会った人たち、出会った神姫たちに支えられ、今ここに立っている。 そして、決してわたしを見捨てないでいてくれる……わたしの神姫、二人のミスティ。 自分とつながるすべての絆……それは、どれほどにかけがえのないものだろう。 愛する人が、わたしに教えてくれた。 そう、それが、それこそが。 『エトランゼ』を名乗るわたしの本当の力……! 菜々子は顔を上げる。 その瞳には強い光が宿っている。まっすぐに決然として前を見た。正面に立つ……桐島あおいを。 あおいは一歩、後ずさる。それは無意識の行動だった。 彼女はたじろいでいた。 目の前にいる人物は、あおいの知る菜々子ではない。 『エトランゼ』の異名を持つ神姫マスター・久住菜々子の本当の姿……かつて、あおいが追い求めた理想を叶えた、真の神姫マスターの姿だった。 「見てください、お姉さま。これが、わたしのたどり着いた答え……。 理想は形に……絆は力に……お姉さまに教わったことは全て正しかったと……その証明です!」 揺るぎない意志を言葉にする。 言い切った菜々子は、自らの神姫に視線を送る。 そして叫んだ。 「ミスティ! 亡霊と踊りなさい!」 その場にいた誰もが、菜々子が何を叫んだのか、その意味するところを理解できない。 だが、それでいい。 ミスティは思っている。菜々子の「無茶ぶり」を理解できるのは、菜々子の神姫・ミスティだけ。 これこそ『エトランゼ』流の『アカシック・レコード』封じだ。 それにしても、まったく、なんてヘビーなオーダーなのかしら。 ミスティの口元に笑みが浮かぶ。 苦笑、ではない。挑戦的な、不敵な微笑。 もう、負ける気がしない。 ミスティは応える。 「応っ!」 ミスティは天に向けて指し上げた黒剣を、左右に鋭く振るう。 剣風が、舞い散る花びらを吹き散らす。 さらに振るう。振るう。 剣を持って舞う。舞い踊る。 ミスティの剣の舞に吸い込まれるように、桜吹雪が渦を巻く。 無数の花弁が、ミスティを押し包んでゆく。 緑色の神姫の姿が、薄紅色に霞む。 その場にいた皆が、ミスティを見つめていた。彼女の舞に、目を奪われている。 渦巻く桜吹雪。 中心にいるミスティの口元には、笑みさえ浮かんでいる。 ミスティを包む薄紅色はどんどんと濃くなり、やがて彼女の姿を覆い隠すほどになる。 まるで桜の花びらの竜巻。勢いはいや増すばかり。 そして、誰もが息を止めたその瞬間。 タン、という音ともに、ミスティが渦から一歩外に踏み出す。 すると。 桜の花びらが、膨らむように舞い散った。 広がり、はらはらと舞い落ちる花弁。 拡散する桜吹雪の中心。 剣を構えたミスティがいる。 その姿はまるで、ミスティが満開の桜の木に変身したかのよう。 マグダレーナはその光景に心奪われていた。 そして、神姫に対する初めての感情を抱く。 美しい、と。 「覚悟はいいか、『狂乱の聖女』マグダレーナ!」 ぼう、と見とれてしまっていたマグダレーナの意識を、ミスティの一喝が現実に引き戻した。 ミスティはまっすぐにマグダレーナを見据えている。 凛、と叫んだ。 「久住菜々子が武装神姫、『エトランゼ』のミスティ! 推して参る!!」 次へ> Topに戻る>
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プロローグ 西暦2036年。 第三次世界大戦もなく、宇宙人の襲来もなかった。 20世紀末から、ほとんど、なんの変化もなく、ただムーアの法則を若干下回る程度に市販コンピューターの性能は上昇しつづけた。 そんな時代に新しい形のコンピューターガジェットが誕生する。 神姫、そう呼ばれたその新しいコンピューターガジェットは、身長15センチほどの少女の姿をした、フィギュアロボだった。 汎用性を兼ね備えたそのガジェット……神姫は玩具として発売されながら徐々にその認知度を上げていき、現在、1990年代における携帯電話なみには、普及し始めていた。 心なんて、信じない。 父さんと母さんが離婚したのは、僕が十歳の時だった。 原因は母さんの浮気。 勿論当時の僕には、そんなことは教えられなかった。 ただ父さんが口癖のように、「母さんは俺たちを裏切っんだ」と言っていたのはいまだに耳にこびりついている。 だけどこの情報化社会、十歳ともなれば、大体ことの次第は想像がつく。 人の世界がどの程度の悪意で出来ているのか、おのずと分かってしまうというものだ。 父さんは母さんから親権を取り上げ、自分ひとりで育てることにした。 別に僕を愛していたからじゃない。 母さんが、親権を欲しがったからだ。 ただ母さんの裏切りに対する復讐として、優秀な弁護士を雇い、母さんから一切の親権を取り上げた。 そんな父さんは母さんと別れてからますます仕事に没頭するようになった。 折角勝ち得た僕っていう『トロフィー』を手放す訳にもいかないらしく、生活費だけは潤沢に与えられた。 他人と話すことなんてほとんどなく、ただお金だけ与えられて過ごしていた僕は、学校にもほとんど行かなくなり、毎日、与えられた金銭で気に入ったコンピューターや機械類を買って、それをいじって遊んでいた。 心のない機械たちを分解、解析して組み立てる。 そんな行為だけが、僕を楽しませていた。 そして、僕が形だけ中学生になった頃…… 「よし……っと……」 買ってきたばかりのコアとボディをセットして、その胸にムーアの法則の最後の守り手とまで言われた、超高密素子CSCをはめ込む。 一緒に買ったクレイドルにボディを寝かせ、接続したパソコンから起動用のアプリケーションを操作する。 途端、炉心に火がついたような低い唸りがCSCから響き始めた。 「Front Line製 MMS-Automaton神姫 悪魔型ストラーフ FL013 セットアップ完了、起動します」 そして、鈴を転がすような少女の声が、僕の耳に届いてくる。 パソコンのスピーカーから……じゃない。 クレイドルに横たわる小さな女の子の唇からだ。 ゆっくりとその小さな女の子がクレイドルから立ち上がる。 「さすがに、良く出来てるなあ……」 「あなたが、わたしのマスターですか?」 「あ、うん。そうだよ。僕がおまえのマスターだ」 「認証しました……マスターの事はなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」 「普通に、マスターでいい」 淡々とつむがれる質問に、僕も淡々と答える。 「神姫に名前をつけていただけますか?」 「名前?」 「はい、MMS国際法に基づき、各神姫には単一オーナーによって名づけられた登録名が必要になります」 ……機械に名前をつける趣味はないけれど、それぞれの神姫には名前を与えて自分一人だけをマスター登録するのがMMS国際法によって決められている。 確かそんなことが事前に読んだMMSや武装神姫の本に書いてあった。 「じゃあ……ジェヴァーナ」 「ジェヴァーナ……神姫名称登録」 そっとその神姫が目を閉じて、自分の名前を確認する。 そして、再び目が開くと…… 「ふうん、ジェヴァーナ……か、それがボクの名前ね? うんうん、気に入ったよ!」 「……へ?」 さっきまでの機械的な話し方とは違う、弾むような声が僕の耳に響く。 「ん? なにぼーっとしてんのさ? マスターが付けた名前で合ってるよね?」 「い、いや、それは、そうだけど……」 突然の変貌振り……というよりも、ここしばらく他人のペースで会話をさせられる事が無かったせいで、なにを言っていいのか混乱してしまう。 「とにかく、これからよろしくね! マスター!」 握手のつもりなのか僕の人差し指を掴んで、ぶんぶんと縦に振る。 「う、うん……」 結局、そう答えるのが精一杯だった。 思えば、この時から気づき始めていたのかもしれない。 武装神姫……ジェヴァーナに『心』があるっていうことに。 「戻る」 「進む」
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8ページ目『剣の墓場』 ◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆ 前回までのあらすじ 世界中の神姫が、ただのフィギュアになっちゃったみたいです。 なんで? とは聞かないでください。 私だって、キャッツアイを名乗る3バカ神姫に出会うまで、イルミのことをすっかり忘れてしまっていたんです。 かと思いきや、ただのフィギュアから目を覚ましたイルミはすぐにいなくなって、代わりに現れたのは射美と名乗る、私と瓜二つの小さな女の子。 しかも射美ちゃんは、自分は私と弧域くんの子供だと言い張り、押し切られるように私達は一緒に住むことになってしまいました。 何が何やらサッパリなまま、私のことをママと呼ぶ射美ちゃんと一緒に、一晩を過ごすのでした。 ◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆―◇―◆ 「天才子役っているじゃない、小さいのにテレビに出てる子。すっごくチヤホヤされて持ち上げられるけど、あたしは子供をドラマに起用するのは無理があると思うの。嫉妬してるんじゃないよ、別に役者さんになりたいとか、思ったことないわけじゃないけど、どうでもいいし。そういう子の演技見てると、すぐ泣けたりするのはすごいけど、台詞は全部棒読みじゃない。しかもヘタに演技しようとして声が不協和音っぽくなってる子までいるし」 「その点、小説なら役者がいらないから大丈夫かなって思ったんだけどね、やっぱり難しいみたい。作家さんが文字を並べるだけだから、特攻服着たヤンキーがしんみりして哲学的なこと言ってたりするんだもん。って、あたしも人のこと言えないかな? 小説家目指してるママなら分かると思うけど、難しいよね」 「『一ノ傘』って苗字も好きなんだけどね、あたし、『雲呑(くものみ)』って苗字に憧れててたんだ。なんか響きがカワイイでしょ、ママもそう思わない? 将来は雲呑って苗字の男の人と結婚しようって考えてたくらいなの」 「でもね、にゃふー知恵袋で聞くと、雲呑って『ワンタン』って読むんだって分かって、すごくショックだったの。あたしのあだ名は絶対『ワンタン麺』に決まっちゃうじゃない。でもワンタン麺って食べたことないんだけど、おいしいのかな? ママは食べたことある?」 「武装神姫で日本一強い人って知ってる? 竹姫葉月っていうお姉さんなんだよ。神姫はアルテミスっていうアーンヴァルなんだけどね、悪い改造した神姫でも簡単にやっつけちゃうんだって。『もう死んでもいいから勝ちたい』って覚悟して違法な改造した神姫でも、全然勝負にならなくてあっさり負けちゃうんだってよ。神姫の世界も世知辛いよね」 「そんなに強い神姫でも、インターネットの対戦でなかなか勝てないところがあるらしいよ。そこに集まる神姫は悪い改造はしてないんだけどね、へんてこな神姫ばっかりなんだって。レーザーで魔法陣を描くシュメッターリングとか、ワープできるバイクに乗ったエストリルとか、12人の神姫を糸で操るクーフランとか、自分は硬い箱にこもったまま毒ガス攻撃するズルいマリーセレスなんてのもいるんだって。聞いてるだけでもすごそうだけど、たぶんその神姫達のバトルって、極端すぎて見ててもあんまり面白くないよね。でも今は世界中の神姫がただのフィギュアになってるから、関係無いか」 慌ただしかった昼間が嘘のように、夜の色に落ち着いた姫乃の部屋。母と娘二人の、布団の中から聞こえてくるおしゃべりは、明け方になるまで続いた。といっても話のほとんどは射美が一方的にしゃべるばかりで、姫乃は専ら相槌をうつだけだったが、射美にとってはかけがえのない時間だった。 ママと同じ布団に入っていれば、悪夢に怯える心配なんてしなくていい。どんな話でも聞いてくれるママがいてくれれば、明日もきっといい一日になる。 射美が信頼を寄せる姫乃と弧域は、最初こそ少し難色を示しても警察に突き出すような心ないことをせず、たとえ様子見であっても、射美のための居場所を作った。愛情を求める子が心安らかにいられる、大切な場所を。 弧域と姫乃の部屋は別れているから「今日はね、う~ん……ママと寝る!」と射美は選んだ。隠し切れないほどのショックを受けた弧域は、射美と明日一緒にお風呂に入ると約束をした。当然姫乃が却下したが。 夕食を弧域の部屋でとり、姫乃の部屋に戻った母子二人、女の子同士の夜は、いつまでもいつまでも、幸福に満ちていた。 結果、姫乃は体調を崩した。 弧域との喧嘩。 心を取り戻した神姫。 そして射美の登場。 それらをたったの数時間の中で経験し、さらに機嫌を持ち直した射美は姫乃と二人でベッドに潜った後も睡魔を尽く退け、姫乃は夜通し娘(仮)の話に付き合う運びとなったのである。 途中で(あ、これ明日はダメかも)と軽い絶望を感じつつも、ついに射美の笑顔を崩すことなく明け方まで耐え切った姫乃は、早くも一人の母としての偉業を成し遂げたと言っても過言ではない。翌朝、体温が38.2度を記録したことからも、いかに姫乃が頑張ったかが伺える。 「ダメだよ、弧域くんはちゃんと学校行かないと。それより、今日の代返お願、ケホッ、ご、ごめん…………う、うん、なんとか大丈夫、かな」 「射美ちゃん? まだ私の横で寝てるよ。寝顔は天使みたい。私達の子供だからね……にはは、冗談よ」 「世話を任せたいのは山々なんだけど、たぶん昼過ぎまで起きないわよ。昨日からず~っとおしゃべりしてたもん。だから3限目の最後の講義が終わったらすぐに帰ってきてくれると嬉しい、かな。射美ちゃんが起きると思うから、二人で下着とか買ってきてくれると……無理? でも私のお下がりってわけにもいかないし……そうそう、頑張ってカワイイのを見繕ってあげてね、パパ」 「じゃあ帰りに風邪薬、お願いね。……うん、弧域くんも風邪をもらってこないように、ね」 通話を切ると、携帯が姫乃の手から枕元に滑り落ちた。拾い直す気も力もない姫乃は射美と自分の布団をかけ直し、目を閉じた。 看病のために学校を休むと弧域が頑なに主張するのは、姫乃が体調を崩す度のことだった。そして姫乃の部屋に入ろうとする弧域と、意地でも禁断の部屋に入らせまいとする姫乃の電話での応酬も、これまたいつも通りである。 普段ならば妥協案として、姫乃が弧域の部屋のベッドを使うことにしている。やつれた顔を見られることにかなりの抵抗があっても、体調を崩した時はどうしても気が弱くなり、独りきりでいることが心細くなってしまうからだ。 隣に射美がいるから寂しくはない、と言えるには言えたが、姫乃にとって射美はあくまで面倒を見るべき子供であり、ましてや自分の看病をさせるなどもっての外である。 すやすやと安らかに眠る少女は、普通ならばこの時間は学校に行く支度を済ませていなければならない。しかし射美にその記憶がない以上、弧域と姫乃は射美を送り出すことすらできないでいる。 (警察に行くのが正しいかどうか分かんないけど、どこかに相談しなくちゃ……身元が分かるまでここにいてもいい、って言えば、射美ちゃんも分かってくれる、よね) やむを得ないとはいえ、子供の大切な時間を自分の部屋に閉じ込めてしまうことに負い目を感じている姫乃は、風邪のせいで射美と始めた家族生活が早くもつまづいたことと相まって、かなり気を滅入らせてしまっていた。 カーテンの外は、昼も雲ひとつ無い青空を約束してくれそうな快晴。ボロアパート前の狭い道を、数分間隔で車が通っていく。そんな外の天気など知ったことではなく、静かに意識をまどろみの中に落としたい姫乃だったが、残念ながら、そうは問屋が卸さない。 何の前触れもなく、カラカラと窓が勝手に開いた。鍵は確かに閉まっていたはずだが、どうやって開錠されたのかは定かではない。カーテンが揺れて、眩しい光と新鮮かつ極寒の冷気が室内に容赦無く入り込む。 自分の空間から外部との繋がりを断ちたい時ほど、狙いすましたように宅配が届いたりセールスマンの襲撃にあいやすくなるものである。姫乃が体調を崩した原因のひとつである迷惑極まりない3匹の来訪はきっと、そういうことだった。 「おんやぁ? ホシはどうやらまだおネムのご様子。ここは一発、ワガハイの寝起きバズーカで目覚めさせてやるってのはどうにゃ」 寝起きバズーカやりたいんだったら静かに入ったらどうなのよ、と少々的外れなことを考える姫乃だった。 2日連続、しかも最悪のタイミングで無断侵入してきたキャッツアイの3匹、カグラ、ホムラ、アマティに対して、姫乃には怒る気力すら持てなかった。しかし、さすがに部屋の中で、小型とはいえ本気でバズーカなど構えられては無視するわけにもいかず、姫乃は渋々話しかけざるを得なかった。 「ゴホッ……お願い、今日はちょっと、静かにしてくれない、かな」 「なんにゃ、起きてたのにゃ。オマエが寝てる間に箪笥の中を物色するイベントとどっちをやろうか迷ったんにゃが、両方無駄になったにゃ。ヒロインを張るにゃら、朝はちょいエロイベントのひとつもこなしてほしいもんにゃ。ところで、そっちのロリはオマエの隠し子かにゃ?」 「そんなこと言ってる場合ですか。姫乃さん死ぬほど体調悪そうですよ」 アマティだけは姫乃の容態にいち早く気付き、気遣おうとする。できるならば部屋に侵入する前に気遣いをしてほしいと思う姫乃だった。 「あの、本当にごめんなさい。また出直します」 「今日の用事は隣室だろう、さっさと済ませて引き上げるぞ」 姫乃の懇願を聞いてか聞かずか、3人はあっさりと引き下がっていった。パタン、と窓が閉まり、部屋に再び平和が戻った。 ほんの短いやりとりではあったが、昨日のことを思えばあの3人が何をやらかしてくれるか分かったものではなく、姫乃の精神がさらにすり減ってしまった。 (あの3人もいなくなったし、弧域くんに……だめね。あの3人、弧域くんのエルを目覚めさせるんだっけ) 昨日、弧域は一度動く武装神姫――キャッツアイの3人を見ても信じようとせず、現実逃避してしまった。そのことを気にかけていた姫乃は、弧域に余計な心配をさせまいとして、今朝の弧域の看病を泣く泣く断ったのだ。弧域にしてみれば射美との顔合わせにより耐性がついていたのだが、事情を知らない弧域と朦朧とした姫乃には知る由もない。 「んん……なぁに? なにか言った?」 姫乃の隣で幸せそうに寝息を立てていた射美が目をこすり、開いた薄目が母親の顔を見つけた。 「あ、ごめん。起こしちゃった、かな」 「にはは。ママ、おはようのチュー」と姫乃のおでこに唇をつけた射美は「あっちぃ!」とすぐに離れた。 「ママ熱々! うわ、顔は真っ赤なのに唇は真っ青だよ!?」 「ごめんね、情けないママで、ケホッ、あんまり近づくと風邪うつっちゃ――」 「大丈夫!? どこも痛くない!? バイキンが悪いの? ママを体内からいじめるバイキンが悪いの? あたしが吸い取ってあげれば治る? じゃあもう一回チュー」 「んむっ!?」 姫乃に待てとすら言わせない電光石火の技だった。瞬きの間に合わされた唇、そこから全身でしがみつくように射美は手足を姫乃の体に回った。 誰もが羨む美少女、瓜二つの母娘がベッドの中でもつれ合う。乱れた髪が朱い頬を流れ、互いのすべてを奪い合うような口づけは、傍目に見れば燃え上がる恋人のそれに近い。 姫乃にとっては勿論、そこに情熱などあったものではない。 弧域にすらされたことがないほど強烈に吸い付かれ、バイキンどころか僅かに残っていた気力を奪い尽くされた姫乃は、もうされるがまま、時折ビクッと全身が硬直する以外は小指の一本すら動かせなかった。 「んむ……んふふ♪」 口づけ、いやもはや吸血に近いそれを続けていくほど、射美の表情は艶を増し、姫乃の表情からは生気が抜けていった。 (もう好きにして……あ、あれ? この感覚……) 無闇矢鱈な射美の愛情表現に快感すら見出し始めた時だった。薄れ行く意識の中で姫乃が覚えた感覚は、つい最近味わったものに似ていた。 ベッドのシーツが湖になったかのような、底へ底へと沈んでいく感覚。確かなものは射美と繋がる唇だけ。 いっそ心中とでも錯覚しようか、二人は暗い場所へと落ちていった。 「うっひゃあ、いきなり目の毒です! ――じゃなくて姫乃さん!? あなたは何が楽しくてまた自ら異空間に飛び込んできたんですか!」 「隣室だったからな。恐らく異空間の発生時、その神姫のマスターであるなしに関わらず、物理的に近い人間も巻き込まれるのだろう」 「ワガハイ、オマエのことを誤解してたにゃ。こんな時まで青少年育成条例に背を向けておんにゃの子に手を出すにゃんて……その意気やヨシ! オマエのただれた趣味はワガハイがメモリー(HDD)に永久保存してやるにゃ!」 パシャパシャと神姫サイズのカメラ(カグラが盗撮のために開発したもの)のシャッターが切られる音に気付いた射美は、あわてて姫乃を解放して立ち上がった。ブカブカの姫乃のパジャマの袖を振り回しての猛抗議である。 「ちょっとー! あたしとママのキスはあたしたちだけの宝物なんだからね! 勝手に撮っちゃダメ!」 「い、今ママって……姫乃さん、イチ神姫として勉強させてもらいました、ごちそうさまです」 「オイ、その姫乃が三途の川で溺死する寸前の顔をしているぞ。大丈夫か」 ホムラに言われ、アマティ、カグラ、それに射美は未だ倒れたままの姫乃の顔を覗き込み、息を呑んだ。 射美が着ているものとは色違いのパジャマのまま、姫乃はフローリングの床に倒れていた。 熱があるのだろう、顔が部分的に赤い。 しかし体力は底をついているのだろう、生気がない。 何か悲しいことがあったのだろう、目は充血して涙が漏れている。 寒いのだろう、鼻水が出放題である。 射美と愛を確かめ合いすぎたのだろう、口元がヨダレまみれである。 キスの最中で舌を噛まれたのだろう、だらしなく覗く舌に歯形がついている。 大学構内ですれ違えば誰もが振り向く、弧域一人のモノとしておくにはあまりに惜しい美貌。「にはは」と見せてくれる笑顔は太陽よりも眩しく光り輝く向日葵のよう。 大学1年の時、学園祭で開かれた美少女コンテストにわけもわからず出場させられ、観客の視線を独占してしまい、横に並んだ諸先輩方に睨まれたことがあった。 それほどである。それほどの面影は、もはやどこにもなかった。 「ママ、涙はいいけど、ハナミズとヨダレはヒロイン的にアウトだよ」 「そういう問題か?」 「しっかりしてください!どこか隅っこに運びましょう、ここは本当に危ないです!」 「せっかくにゃから、このベッドに寝かせたらどうにゃ。ちょっとデカいにゃが」 カグラ達はサッカーコートほどの広さの天井の下にいた。その天井こそベッドの裏面なのだが、たとえ姫乃の体調が良好であったとしても、それが弧域のベッドであると理解するには少し迷ったかもしれない。 ベッドを縦方向に二分して、片側は薄暗く、もう片側は明るい。 薄暗い方に見えるのは、姫乃の部屋にあるものと同じ机や本が散らかった本棚など、弧域の部屋そのものだった。 明るい方はといえば、まず床がフローリングではなく光を反射する色とりどりのタイル敷きだ。そして棚が整然と並んでおり、武装神姫の箱やパーツが陳列されている。姫乃達のいるベッドは、弧域の部屋と、どこかの神姫ショップ店内の中間にあった。 それだけでも異様といえる空間だが、さらにこの空間には特徴といえるモノに溢れている。 「やだ、なにこれ……全部お墓?」 「フン、言われてみれば墓にも見えるな。だがこれらはすべて剣だ」 硬いはずの床から本棚の本、ショップの商品にまで、ベッドの下以外の見える範囲すべてに、乱雑に大小形状様々の剣がびっしり突き立っている。その数は見える範囲だけでも千本を優に超えている。 剣の多くに鍔があり十字に見えるので、射美は西洋風の墓と勘違いしたのだ。あるいはここは、剣そのものの墓場なのかもしれない。 「ここがあの、エルさんの創る世界……なんだかエルさんの印象と違って、不気味ですね」 「にゃんてったってアルトレーネだからにゃ。性根が歪んでるのは想定の範囲内にゃ」 「殴りますよ」 「貴様ら、巫山戯るのはここでお終いだ」 身長以上に柄の長いハンマーを水平に構え、ホムラはフローリングとタイルの境目を跨ぐように立った。その境目の先、ベッドの天井から出たところにいつの間にか現れていたのは、金色の長髪、鉛色のロングコート、そして白く武骨な機械仕掛けの脚が特徴的な、戦乙女型アルトレーネ、エル。 俯いているため前髪が影になり、その表情をうかがい知ることはできない。 彼女も武装神姫ではあるが、ロングコートと脚の機械以外には何も持っていない。空いた両手が、側に突き刺さっている二本の剣を掴む。片方は装飾過多と見える大剣、もう片方は逆にシンプルなロングソード。その二本を構えるでもなく、これからジャグリングでも始めるかのように、真上より少し前方に放り投げた。そしてサッカーのボレーシュートよろしく、落下してきた剣を二本まとめて蹴り放った。 滅茶苦茶な軌道だが、その速さはライフル弾にも匹敵する。 「ぬっ!? うおおおおおおっ!」 飛ぶ剣にホムラはハンマーを合わせた。が、叩き落せたのはロングソードだけで、もう一本はホムラの背後へと飛んでいく。 「にゃほぁあ!? け、剣がいまワガハイの首元を通ったにゃ! 九匹に一鰹節にゃ!」 「まさか九死に一生って言いたかったんですか?」 「アマティの背面だ! 次が来るぞ!」 射美と姫乃を挟んでホムラの反対側にいるアマティは、ホムラの言うことを信じるどころか考えもしなかった。たった今、剣はアマティの正面から飛んできたばかりである。だからアマティは、ホムラが「俺の背面」と言い間違えたものとして、自らの剣を抜いて正面へ躍り出ようとした。 その瞬間、アマティの視界に火花が飛んだ。前のめりに体が倒れそうになり、床に手をついて姫乃を押し潰すことだけは回避できたものの、背中に走る激痛が堪えさせてはくれず、姫乃の隣に崩れ落ちた。 「きゃあっ!? だ、大丈夫……?」 慌てて近寄ろうとする射美を手で制したアマティは、未だ視界が安定しない中、背後を確認する。そこには【やはり、既に誰もいなかった】。 「わけわからんにゃ、アイツはアルトレーネじゃなかったのにゃ!? サイキッカー型が東京の立川以外の町にいるなんて聞いて無いにゃ!」 「アレはテレポートしているわけではない。一度見た神姫の技くらい覚えておけ、剣を周囲に叩きつけて得られる推進力を脚力に加える奴がいただろう」 解説しつつホムラは、再び別の方向から飛来した剣を弾いた。目の焦点を剣に合わせる間に、エルは姿を消してしまう。 「このベッドの上を移動しているのだろう。信じ難いスピードでな」 「アイツ一人に囲まれてるようなもんにゃ、ここにいたら格好の的じゃにゃいか! 早いとこベッドから出るにゃ!」 「だがな、このベッドの下だけ剣がない分、安全だぞ。奴が剣を使い捨てられるのは剣が突き立っている場所だけだからな。それに――」 側面から回転しながら飛んで来た二本の剣を、ホムラ、カグラがそれぞれ弾いた。ホムラは難なく防いだが、カグラは尻餅をついてしまう。 「奴は、この小娘二人を巻き込むことに対して、まったく躊躇を持ち合わせていないらしい」 言いつつホムラはチラリと射美と姫乃を伺った。 姫乃の状態は最悪だった。見て取れるほど体を震えさせ、縮こまってしまい移動どころか立ち上がることすら困難になっている。神姫云々よりも、一刻も早く適切な処置が必要だった。 「射美のパジャマも着てよママ……まだ寒い? ママ、ママ……うわああああああんママ死んじゃやだあああああ……」 上着はキャミソール一枚だけになり、泣きながら姫乃の体を懸命にこすってやっている射美も、動ける状態にはない。 「あ、今ネコ的な勘がビビビッときたにゃ。ほむほむ、ワガハイ達が置かれてる状況は【絶体絶命】じゃにゃいか」 「ホムラと呼べ。貴様はそのネコ的な勘とやらでようやく真っ当な状況判断ができるんだな。しかし今更愚痴も言ってられまい。アマティ、そろそろ起きろ」 「ランキングがなんぼのもんじゃーい!!」と叫びながら、うずくまっていたアマティが飛び上がった。 モード・オブ・アマテラスが発動し、スカート状のアーマーが左右に大きく展開された。先端の鋏のように開閉可能な部分は左右どちらもガッチリと、迫っていた剣を掴んでいる。 「ちょっと私より戦績がいいからってあの戦乙女、図に乗ってんじゃないわよ! つーかロングコートなんか着ちゃった戦乙女が世界のどこにいんのよ! ミ○キーもキングダムハーツでコート着てたって? 知らないわよクソがっ! アルトレーネは、こ、の、装備一式揃えてはじめて戦乙女だっつーの!」 「アマティ、児童ポルノが怯えてるにゃ」 「ああ? 何よ、児童ポルノって」 ほれ、とカグラに指差された射美は、あんまりなあだ名を付けられたことにも構わず、姫乃を覆い隠すように体を広げて抱きつき、まるでチェーンソーを持ったジェイソンに追い詰められたような目でアマティのことを見ている。 コホン、と咳をして気を落ち着けたアマティは、児童ポルノもとい射美に向かってとびっきりの笑顔を作った。 「にぱー☆」 「ひぃっ!?」 頭を抱えてうずくまってしまった射美と笑顔を引きつらせたアマティの間に、修復不能に近い溝ができてしまった。射美にとって長い人生(そんなものが射美にあったかどうかはともかく)の中でもっとも多感な時期である今、【突然豹変する金髪のお姉さん】というトラウマを植えつけたアマティの罪は重い。 「子供に嫌われるのって、結構ヘコむわね……」 「アマティはアマテラスを維持したまま姫乃と射美を守れ。アイツは俺とカグラで狩る」 「倒すならさっさと倒しちゃってよね。これ以上時間をかけて姫乃さんが危なくなったら、私はもっと射美ちゃんに嫌われそうだし」 「ほむほむと一緒にバトるのは久しぶりだにゃあ。二人でこの町のネコ大将を倒した時のことを思い出さにゃいか?」 「二人で? ……ああ、そういえば貴様が漫画を真似て作ったビッグプチマスィーンが自爆したせいで、その場にいた全員が死にかけたんだったな。思い出したら腹が立ってきたぞ、貴様後で――」 「な、なんのことかサッパリ分からないにゃあ。ワガハイとほむほむって実はまだ一緒にバトったことがないんじゃにゃいか、きっとそうにゃ! よーし今こそコンビネーションのお披露目の時にゃ! あのネコミミのないギュウドンを血祭りにあげてやるにゃー!」 カグラがホムラから逃げるように走りだしたことで、状況が動いた。これまでエルは大雑把にカグラ達の集団を狙って剣を蹴っていたが、今度はベッドの下から外に出ようとするカグラに的を絞った。 「誰もベッドの下から出さないつもりか? フン、確かにこちらに火器持ちはいないからな、一方的な今の状況を崩したくないのか」 ホムラの推理は実はまったく的を射ておらず、エルは単純に集団から外れて目についたものをターゲットとしただけだった。頻繁に位置を変えて遠くから剣を放つのも、エルが考えた戦術ではない。 剣を蹴り飛ばす技を持っていて、いくら使っても使い切れないほどの剣があり、ターゲットが一箇所に固まっていて狙いやすく、遠距離攻撃を想定した神姫の本能として頻繁に回避行動を取る。この4点だけがエルの行動基準になっていた。 アマティ達が最初に姫乃に説明した通り、心を持たないフィギュアの状態から目覚めて異空間に閉じこもる神姫は、それほどまでに正気を失っていた。 なぜ正気を失い、異空間を作り出し、誰彼構わず襲いかかるのかは分からない。しかし、不明確なことが多かろうが推理が外れようが、ホムラにとってそんなことは関係無かった。 「フィギュアになっていたせいか、丁度体がなまっていたところだ。リハビリがてら狩らせてもらうぞ、戦乙女」 カグラは毎度の如く囮の役目を十分に果たしている。ベッドから出ることも忘れ、連続して放たれる剣の弾丸からひたすら逃げ惑っている。 カグラを執拗に狙うあまり、エルはあまりに隙だらけだった。エルに向かって、ホムラは音を立てずに走り出した。 「誰がデコイをやるって言ったにゃ! ワガハイの強靭かつフカフカな肉球は刃物とは相性が悪ぃにゃほぁっ!? い、今モミアゲを持ってかれたにゃ! コレ死ヌマジ死ヌ助ケテほむほむぅ!」 「俺の名はホムラだと言ってるだろォ!」 助走をつけたハンマーのフルスイング、『グレーゾーンメガリス』がエルを真横から撃ち抜いた。 カグラしか見ていなかったエルは、まったく無防備にホムラが持つ最大威力の技を受けてしまった。鈍い打撃音と共に水平に吹っ飛び、床に突き立った剣を数本なぎ倒す。 『グレーゾーンメガリス』はあまりに大振りで隙だらけの技なので、普通のバトルで使用されることはほとんどない。ホムラが覚えている限り、公式ルールのバトルで使用したのは対戦相手が障害物に隠れて出てこなかった時に、その障害物ごと打ち砕いた一度きりだった。 稀に見るクリーンヒットの感触がホムラの両手に伝わる。ピッチャーが投げたストレートをフルスイングで返すような爽快感に、ホムラは顔に出すことなく酔い痴れた。 「ひぇ~ほむほむ超こえぇ~。今のはやりすぎにゃろ、正気に戻る前にジャンク屋行きになっちゃうにゃ。ほむほむは手加減ってものを知らにゃいのか」 「不要な心配だな」 ホムラは剣がなぎ倒されてできた道を走り出した。その先でエルは、カグラの予想に反して、剣を支えにして立ち上がった。 ハンマーが振り下ろされる瞬間、エルは髪を掠るギリギリのタイミングで床を転がることで逃れた。立て続けにホムラが踏みつけようとするのを再び転がって回避し、落ちていた剣を拾ってホムラから距離を取った。 剣を構えたエルは明らかに満身創痍だが、理性を失っているせいか、その戦意は衰えを見せない。 「神姫はあの程度で壊れるほどヤワじゃない。軽装の神姫とはいえ、一撃で沈めるのは不可能だな。しかし、コイツはあと弱パンチ一発といったところだが」 「パンチならワガハイの出番にゃ。見るにゃこの鍛え抜かれた肉球を。プニプニした感触から繰り出される百裂肉球はどんな神姫であろうと癒されるのにゃ」 「癒してどうする」 カグラがシャドーボクシングしながらエルの背後に回り、ホムラと挟み込んだ。 「行くにゃよネコ拳法――『にゃんぷしーろーる Ver.B!』」 「さっさと正気に戻れ――『パワフルメガマン!』」 ホムラは反対側から向かってくるカグラを巻き込むことにいささかの躊躇いもなかった。ウネウネとあまりにキモい動きで迫ってくるカグラが腹立たしかったのもあるが、カグラを気遣ったせいでエルまで仕留め損なっては挟み撃ちの意味が無い。 (神姫は頑丈だが……カグラなら少々壊れたくらいが丁度いいだろう) 柄を短く持つ手に力を込め、渾身の力で打ち出した。ハンマーの重量によりそれは破城槌となり、エルを目覚めさせる気付けの一撃となる。 「うおおおおおおおおおっ!」 「にゃにゃにゃにゃにゃっ!」 なる、はずだった。 「にゃぷぎゅっ!?」 カグラの豚を捻ったような声が聞こえるのと同時、ホムラの頬にプニッとした感触があった。カグラの肉球に殴られたのだ。 ハンマーを顔の中心にめり込ませているのは金髪の戦乙女ではなく、見慣れたケモテック製の猫だった。 エルは二人の間から姿を消していた。 「ワガハイ……こんな役ばっかり……にゃ(がくり)」 ホムラとカグラは長年一緒にいただけあって、息の合ったクロスカウンターは狂いなく互いに決まった。ホムラのハンマーはカグラを完璧に捉えて沈め、カグラの肉球はホムラを少しだけ癒したのだった。 ■キャラ紹介(8) コタマ 【ドールマスター爆誕】 「オイ、誰が3.5頭身の殺虫人形買って来いっつったよ」 十二体もの神姫を操るマシロを参考にして、コタマは自分では武装を身につけず、人形を操ることにしたのだ。 ただし、マシロのようにケンタウロスの胴体でデータ処理の容量を稼ぐことができないため、一度に操れる人形はコタマの両手でそれぞれ一体ずつが限度らしい。 その点については、「少数精鋭のほうがイイに決まってんだろ」とコタマに不満はないらしかった。 兄貴の武装神姫ストックに余りがなかっため、ベースとなる人形を近くのヨドマルカメラまで買いに走り、帰ってきたのがつい先程のこと。 ヨドマルに神姫を連れ込んではならないため、私が二体を適当に見繕ってきた。 でもコタマは私に感謝するどころか、箱に入ったホイホイさんを見るなり喧嘩腰で不満を垂れた。 「大学生にもなって読み書きもできねぇのか? どう見ても『武装神姫』じゃなくて『一撃殺虫!!ホイホイさん』って箱に書いてあるだろうが」 「だって、こっちのほうが可愛いやん」 「可愛いやん、じゃねぇよ! アタシの武装に可愛さとかいらねぇよ!」 「レラカムイからハーモニーグレイスに乗り換えて可愛げを無くしたんやから、せめて武器くらいは可愛くないといかんやろ」 「なんだその意味不明な理屈は! じゃあオマエはアレか、リクルートスーツがゴスロリドレスになっても文句言わねぇんだな?」 「やれやれ……コタマ、遊びとそうじゃないものの区別くらいつけんといかんよ」 「博多湾に沈めてやらぁ!!」 射場の順番待ちをしている間、コタマのことを背比に相談してみた。 背比は武装神姫を持っていないから、相談する相手を間違っているような気もするけど……相談ほど、話しかける口実に適したものはない。 背比は弓掛けをはめた手をニギニギしながら、たいして考えるでもなく答えた。 「そりゃあ、竹さんが悪い」 「なんでよ。だって武装神姫っていっても女の子なんよ。背比は知らんかもしらんけど、フリフリのドレスとか着た神姫もおるんやから。私のコタマだって傘姫が作った修道服着とるし。それやったら武器も可愛いほうがいいやん?」 「そうじゃないから、そのコタマと喧嘩したんだろ?」 そうだった。 またひとつ、背比に頭の悪いところを見せてしまった。 「ホイホイさん返品して、新しいの買い直したほうがいいんじゃないか? 竹さんだってその弓――」 背比が指さしたのは、私が高校の時から使っている『直心Ⅱ』だ。 手入れをあまりしなかったため、大きく歪んでしまっているが、今更ほかの弓を使う気にはなれない。 愛着以上に、この『直心Ⅱ』は弓の道を一緒に歩く相棒なのだ。 ……ああ、そういうことか。 「――を使うのを禁止されて、聞いたこともない弓を渡されたら、相手が範士の爺さんでもキレるだろ」 「うん、キレる。暴れる」 「俺だってキレる。武具ってのはそれくらい愛着がわきやすいものだぜ。だからさ、竹さんに考えがあったとしても、武装くらいはコタマの好きにさせてやろうぜ。ホイホイさん返品して、新しいの買ってやんなきゃな」 「あー……でも、買ってきたホイホイさん、もう兄貴が改造してしまったんよ。どうしよう、お金も無い」 「じゃあせめて、ホイホイさんの見た目とか性能くらいは好きにさせてやらないと」 背比からありがたく頂戴した提案は、今晩さっそく実行することにした。 クレイドルで不貞寝するシスターに、ホイホイさんの写真が載ったチラシとペンを渡した。 「んだよ、アタシは殺虫人形なんざ使わないからな」 「じゃあ、どうしたら使ってくれる?」 「ああ?」と私のことを睨みながらコタマは体を起こした。 その不満タラタラな顔にチラシとペンを突きつけた。 人形の買い直しがダメなら、せめてホイホイさんのデザインを、コタマの思い通りにさせる。 改造は兄貴にやってもらうとして、パーツが必要になれば、ホイホイさんを買ったお金の余りで補うし、それでもダメなら兄貴の持ってるパーツを貰うか、お父さんお母さんにお小遣いを前借りしてもらう。 この竹櫛鉄子、明日から日中の食事をチーズ蒸しパン一個で済ませる覚悟だ。 「いきなり素直になりやがったな。オイ、何を企んでやがる」 「なんも企んでないっての。ちょっと背比にアドバイス貰っただけ」 「またその背比かよ。オマエ、さっさと股開かねぇと他のアマに盗られるぜ」 「バカッ、そ、そんな下品なこと……でも、まだ傘姫とも付き合っとらんはずやし……もう少し仲良くなってからでも……」 葛藤する私を無視したコタマはチラシとペンを奪い取り、写真の中でポーズを取るホイホイさんにサラサラとペンを走らせ、デコレーションしていった。 「隆仁も言ってたけどよ、武装の有効距離を遠近どっちかに特化させちまったらつまんねぇだろ? バトルをジャンケンと勘違いしちゃいけねえ。遠くのカカシはブチ抜く、近くのネズミはブン殴る、ただそれだけだ。人間様と違ってアタシら神姫にはそれができる。唯一、人間様と同じデメリットの【身体は一人一つしかない】をアタシはクリアしちまったんだ。だったら話は簡単だぜ鉄子、コイツらの役割はもう決まったも同然だろ?」 好き勝手に書きすぎて、小学生の教科書の落書きのようになってしまったホイホイさんを、コタマはペンでコンコンと突いた。 一転して上機嫌になったコタマの笑みは、しばらく見ていないものだった。 「仮に名前でもつけとくか。近距離用の人形はファースト、遠距離用はセカンドな。ここからはオマエと隆仁の仕事だぜ。気合入れて、この設計図通りに仕上げてみせろよ」 次ページ『凶刃』 15cm程度の死闘トップへ
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「二輪車制作大手制作神姫について語る。」 そんな見出しで始まる新聞の地方紙面。埼玉市与野を拠点として企業活動しているオーメストラーダが新規産業参入のために設計・制作している神姫について語る記事が掲載されている。 社長曰く 「神姫に二輪ならではのノウハウを生かし、新たな魅力を生み出します。」 と現在制作している神姫についてコメントしていたとのこと。(二輪のノウハウと神姫がどう組み合わさるんだ?) そう新聞を読みながら朝食のたくあんをコリコリと噛みつつ義弘は仕事前の朝のひとときを過ごしていた。今日は総合病院ではなく診療所での仕事になる。一昔前は学校を出れば専門的な経験がなくても個人での開業できていたが、一部を除いた拠点となる病院では慢性的な人手不足を招く結果となってしまっていた。今では医者をするには、地区の拠点とな病院に必ず籍を置いて主に拠点病院で活動をおこなう。そのうえで科ごとに所属医師をローテーションで地区にある診療所に派遣され、診療所をあけるという形態をとるようになっていた。今日は義弘は診療所での業務である。 (想像がつかん。)そう思っていたが、父義昭曰く2010年ぐらいにはバイクに乗ってトレーディングカードゲームをするアニメがはやっていたらしい。その話を聞いたときは、(何故わざわざバイクに乗ってカードゲーム?)と聞いた頃は考えたが、いつ時代も用はアイデアとものは考えようなのだろう。 (ずずっ)と最後に残ったわかめの味噌汁をすすり、しばし沈黙。 「・・・・・普通だ。」 「おいしくないですか?いつもと作り方は変わらないはずなのに。」 そう部屋の隅にある本棚の方から女性的な声で反応が返ってくる。 ここは一人暮らしの義弘の自室である。神姫達もいないし当然誰もいないはずの部屋で義弘に言葉を返したのは本棚の一番上の棚に鎮座している球体型人工知能太極図だった。 太極図 バレーボー位の大きさで全面に表示の為のパネル兼タッチパネルで構成されている。元は父義明が使っていたもので、今は義弘専用のサポートコンピューターで義弘の仕事の補佐を行っている。無線装置も内蔵しており、演算から会話・記録まで様々なことができるが、小型の神姫と比べると時代遅れの感は否めない。 「なにが違うのかな・・・・。」 そうつぶやくと義弘は残った味噌汁を一気に平らげ、今日の診察の用意を始めた。 同日正午 埼玉市大宮 「さってと。まずはどこから見て回るか。」 「マスターマスター。たま子はおもしろいところがいいですぅ。」 いつも元気な神姫とマスターと共に神姫ショップ「arch」を目の前にした大宮の駅前の空中回廊を歩く。 「マスター。いつみてもarchは大きいですね。」 胸ポケットに入っているアテナは久しぶりのarch前に高揚感とウキウキ感を隠せない。 (今日は庭木の手入れをしようと思っていたんだけどな。)甚平の斜め後ろを歩きながら隆明はそう思っていたが、楽しそうなアテナをみて(自分だけそんなことを思っていても始まらないな。)と気分を切り替えた。 大宮に出かけることになったのも、少し前。 「ピリリリリリッ。ピリリリリリッ」 河野家の電話が着信を知らせる。それは甚平からの電話だった。 「これから大宮に遊びに行こうぜ。」 そういうやいなやすぐに河野家を訪れた甚平。どうやら家のすぐ前からかけてきたようだ。唐突に訪れるのはいつものことなので、河野家一度なれたものだった 。 充電中だった与一とキュベレーへの書置きを残し、アテナと共に出かける準備を整え、隆明はアテナと共に遊びに出かけていた。 「隆明はどこか行きたいところはあるか?」 「うーーーーん。・・・・・獅子の穴なんかどう?」 やっぱり大宮に来たらあそこかなと隣まで進み出た隆明から行き先を提案する。 「近くにスイカブックスもあるし、コンパスもあるしな。まずそこに行くか。」 まずは行くところが決まり二人で駅前から少し離れた路地へと歩を進める。 デフォルメされたライオンの看板のついてビルに入る。 獅子の穴・スイカブックス 秋葉原に本拠をおく同人関係の物品を多く扱ういわゆるオタクショップである。お互いの店舗とも人気は拮抗しており、あの手この手で全国展開を競っている。神姫に関しても通常の書店や神姫ショップでは置かれない商品を様々なジャンルで取り扱っており、グッズや書籍などを求めて、多くの神姫マスターが出入りをしている。 甚平と一緒に店内の神姫関連の同人誌コーナーを見て回る。神姫との日常をマンガにしたものや、神姫バトルをしているマスターの戦術指南書など様々なジャンルのものがおいてある。 「マスター。すごそうな本がありますよ。」 隆明の肩に座り一緒に眺めていたアテナが並んでいる同人誌に興味を示す。 「なになに・・・F1クラスのマスターソロモン最強神姫理論。作者:ソロモン」 隆明が同人誌を手に取り、サンプルとして包装につけられている内容の一部のを確かめる。 内容はカスタム認可を受けている作者が、強い武装を製作し手に入れていかに使うかと行った内容がひたすら羅列されていた。 数ページ分でもわかる。早くいうと自慢に近い内容であった。 「マスター。バトルって結局武装で決まるんでしょうか?」 「うーーーん。それだけじゃないと思うけど。」 実際にまだバトルをしていない隆明には断定はできない。が、それだけでは戦う前カラス勝敗は決まってしまっていることになる。 「でも、アテナは強い武装なんかなくてもマスターと一緒なら勝てます。」 そうまっすぐ、正直にいうアテナは隆明に満面の笑みを浮かべていた。そんなアテナに隆明の胸はじわりと温かくなった。 その温かさを覚えている。 亡くなった両親の代わりになってくれた義弘の父「義明」のことを。 両親がいないいじめを受けた時に守り、いつも笑顔で見守ってくれていた義弘のことを思い出した。 「うん。ありがとうアテナ。」 照れを隠すため端的にただそれだけを礼として伝える。 肩で満面の笑みを浮かべるアテナがとても印象的だった。 加藤義明 隆明の父が親友と公言する仲で、隆明の両親の死後隆明の後見人を務める。 義弘と同じく医者であった。すでに故人。 そう改めて思い直し、アテナと内容を吟味しつつ「赤城春名作:果てしなく続く神姫ロード」を購入した。 獅子の穴とスイカブックスを後にし、「arch」内の神姫バトルスペースに足を運ぶ。 いくつかの筐体でバトルが行われており、それぞれの筐体をギャラリーが取り囲み、バトルの行方に歓声を挙げている。 その中の一つの人混みに近づき観戦を始める。4人が観戦を始めた頃には既にバトルは佳境には入っており、ハウリン型の神姫の近接攻撃の連打とRA(レールアクション)で勝負が決した。 「マスター。今の攻撃見ましたか?すごいです。」 「今のパンチすごいですぅ!」 アテナは肩という不安定な場所であるにも関わらず立ち上がって意気をあげている。案の定「あわっ!」を足を滑らせて落ちそうになり、とっさに隆明の服に しがみついて落下を逃れる。 「あっ。アーンヴァルだ。」 すぐとなりのギャラリーがアテナを見つけて声を挙げるや、近くのギャラリーもアテナに注目する。バトル後の興奮さめやらぬ場だったためか、テンションあがったままで隆明達に詰め寄るものまでいる。 そんな雰囲気に危険を察し甚平が機転を利かして隆明達を人混みから引っ張り出す。 「サンキュー。助かったよ。」 「はらほろひれ~。」 肩から上着の胸ポケットに移っているアテナは目を回している。たま子はちゃっかり甚平の上着に移っていた。 アテナの回復を待ち人気の少ない階段で下へとおりる。その途中3階へさしかかったとき、階段室に出てきた仁とはちあわせする。 「店長。お疲れ様です。」 「仁さんこんにちは。」 「久しぶりですぅ。」 「こんにちわです。」 「みんな。いらっしゃい。」 仁は2階の事務所兼休憩室に行く途中。だった様子で、仁は二人を休憩室へ誘う。休憩室でたわいもない話をしているなかで、さっきのバトルスペースでの話になった。 「そっかそっかぁ。それは災難だったねぇ。」 そう言って、おごりといって仁より渡されたヂェリーを飲んでいるアテナとたま子に苦笑しながら視線を向ける。 ヂェリー 神姫の電力などのエネルギーの補助として用いられる。が、電力はクレイドルから補充するため、特に接種する必要はないのだが、ペットロボットや神姫と食卓を囲みたいという要望もあり、各制作会社は様々な様式のジェリーを作成している。人間でいう飲料水として使うもの以外にもハイテンションにしたり、酩酊状態にさせたりといった効果をもたらすジェリーなど様々な効果をもたらすものがある。 「そうなんです。あの時アテナの世界がぐるぐる回っちゃいましたぁ。」 「すごい人だかりだったですぅ~。」 ヂェリーを飲みなあらゆっくりはなす神姫二人。ちなみに紅茶味のするヂェリーである。「ゆっくりと落ち着いた感じで飲みましょう」とかかれている。 「フロントライン製の神姫はF事件以降珍しくなっているし、まぁその反応もある程度しょうがないかなぁ。」 「この前もストラーフMk.2型神姫が即売り切れたんですよね?」 隆明はマスター登録した日の義弘と仁の会話を思い出していた。 F事件 約2年前大宮のはずれにあるフロントライン社の本社と工場が爆発事故により本社ビル・工場共に全壊した事件の事。 「FRONT LINE」の頭文字をとり神姫産業における「F事件」と呼ばれている。 この事件でフロントライン社の創設者にして、神姫の生みの親の一人であるフロントライン社の社長も死亡した。 これにより神姫、ペットロボットを制作するすべての企業に対して、新しい安全基準の決めると共に安全性の再チェックが行われた。 すべての企業で安全審査がクリアするまで、神姫などの設計・製作・修理は原則禁止されることになり、事件から半年。 すべての企業で神姫の取り扱いが事実上ストップしてしまった。 事故のあった当のフロントライン社は本社と素体生産の主軸を担っていた本社工場と、 素体と武装のデータと新しく設計されていた神姫のデータが集積されていた本社施設並びに経営陣・技術陣の喪失・により、 体制の立て直しによる遅れから、安全基準の批准が遅れな結果となった。現在もそのダメージから立ち直れていない。 武装製作工場にあったデータにかろうじて残されていた設計中の新型神姫「アーンヴァルMk.2」「ストラーフMk.2」 を何とか製作しているが、ベストセラー機体「アーンヴァル」と「ストラーフ」の正統後継機というふれこみももあり、 人気が高く供給が需要に全く追いついていない。 その事態に旧アーンヴァルと旧ストラーフ等の以前の素体新品製作をすべて終了(現存する素体についてサポートは継続)し、後継機の生産に当てているが、 それでも追いついていないのが現状である。それでも2体に続く新しい神姫を製作して巻き返しをはかっているという話が噂程度で存在している。 「キュベレーさん大人気ですぅ~。」 「たま子。キュベレーじゃなくて、ストラーフな・・・・?いや、やっぱりキュベレーか?まぁどっちも大人気だな。」 そんな中、隆明を見ている視線があった。 「マスター・・・・・(ジ~~ッ)。」 「アテナ大人気だったじゃないか。すごい人混みで。」 「そうですか?」 あの時は目が回ったのしか覚えていません。アテナの間はそんなことを言いたげだった。 隆明の言葉にもアテナは釈然としない様子であった。 「それにこれから、バトルでアテナのかっこいいところをみんなに見てもらうんだから。」 「マスターはどうですか?」 さっきと同じようにじっと見つめるアテナ。 「もちろん僕もだよ。それにアテナも与一もキュベレーもみんなかっこよくてかわいいんだから。それをみんなに見てもらうんだ。」 「(ジーン。)マスター。アテナ頑張っちゃいます。」 かっこいいと言われてアテナは感動を隠せず、両手を胸の所で握りしめ喜びを全身で表している。 「いいや、一番はたま子だ。」 背中に津波の映像を背負うがごとく出で立ちで堂々と甚平が宣言する。 「一番?」 言った当の本人は気づいていないよだった。 「隆明さんはにぶいですぅ。」 「ははははっ。それでこそ神姫のマスターだ。」 仁はそんなほほえましい様子を一歩下がってみていた。 「そうだ。ストラーフと言えば、最近強いストラーフ型使いの子がきているそうだよ。」 「隆明。おまえいつの間ににキュベレーとやりこんだんだ!?」 「マスタ~。店長さんが知らない人がマスターなんですから、キュベレーさんじゃないですぅ~。」 「そういえばそうだ。さすがたま子は頭がいいなぁ。あっはっはっは。」 甚平とたま子のいつものぼけとつっこみを毎度のことで皆がそろってスルーする。 「ゲームセンターフロアで、最近連勝らしい。バトルをすれば、そのうちバトルするかもしれないよ。」 店長として全体を管理している仁の情報網は疑いようがない。 「マスター。最近って事は、神姫バトルを始めたのも私たちとそんなに変わらないかもしれないですね。」 隆明はうなづくだけで返事を返す。 (どんなマスターなんだろう。)そう思いながら隆明はこれから始まる神姫バトルの世界に静かに緊張していた。 「これからバトルを始める二人には、こんな大会があるんだけど、どうかな?」 そういってデスクに積まれていたはりだし前のPOPを4人に見せる。そこには 「新年度新マスター杯。主催:ケモティック社」 「ケモティック社が新学期間近という事でまだランクを持っていないマスターを対象に大会を開くんだ。場所はここの最上階。優勝商品はなんとハウリン型神姫の素体。」 「素体を!?そりゃすごい。」 「太っ腹ですぅ~。」 「ケモティック社の社長さんは破産しないんでしょうか・・・・」 確かに。店頭で通常販売されている素体は1万ポイント。それを1体と実質1万ポイント分である。Fクラスの大会でも通常賞金は数百から数千ポイントと商品数点である事を考えると、まだFバトルクラスで順位を持っていない初心者達にとっては破格の商品である。 「まぁ、商品だけ聞いていれば確かにすごいんだけどね。ここを見てみて。」 仁が参加資格と試合形式を示す。 「神姫2体登録勝ち抜きバトルか・・・。」 「マスタ~。どんなバトルなんですか?」 「たま子よっくきてろよ。2体登録制の勝ち抜きバトルってゆうのはな。バトル前に2体の神姫をあらかじめ選んで、まずお互い一体ずつバトルを行う。1体の神姫が戦闘不能になったら、もう1体の神姫をバトルさせる方式で、先に2体戦闘不能になったら負けってやりかたのバトルだ。」 「さすがマスタ~。物知りですぅ~。」 「そうだろう。そうだろう。」 たま子にほめられて、甚平は得意げだ。甚平は子供の頃から変に物知りで、氏名がにていたこともあり、某ゲームの登場キャラクターにちなんで「オーキド博士」と呼ばれていたことがある。 「始めたばかりのマスターが複数の神姫を持っている事は珍しい。何しろなれるまで時間がかかるからね。そういう意味でこの大会は敷居が高いんだ。」 どうかな?と仁は隆明に勧める。 「でもマスターならアテナ達がいるから大丈夫です。絶対に優勝しましょう。」 「うん。アテナ頑張ろうな。」 「はい。」 まず目の前の目標が決まった。目前の大会での優勝にアテナの激励を受けて、隆明は(頑張ろう)と決意をあらたにしていた。
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High School Of The Armed God Princess この物語は武装神姫が高校生活を疑似体験する物語です。 コラボする作品 双子神姫 クラブハンド・フォートブラッグ 鋼の心 ~Eisen Herz~ 犬子さんの土下座ライフ。 著 主催:小山田喜久子 ミヤコンさん ALCさん 土下座さん 出演神姫 アンジェラス クリナーレ ルーナ パルカ シャドウ=アンジェラス サラ アイゼン 犬子 以上です。 それではお楽しみください。 更新状況。 物語の始まり 100% 登校:100%画像壱枚 出会い&登校2:100%画像七枚 学校:100%画像壱枚 授業:47%画像製作中(選択あり)<画像と選択は今度更新します> 下校:0%画像製作中 物語の終わり:0%画像製作中 物語の始まり 登校 出会い&登校2 学校 授業 「(c) 2006 Konami Digital Entertainment Co., Ltd.当コンテンツの再利用(再転載、再配布など)は禁止しています。」
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● 三毛猫観察日記 ● ◆ 第一話 「猫、飼いました」 ◆ 「よぉ虎太郎、約束の物を持ってきたぜ」 大学の学食で雑誌を読んでいると、アキオが話しかけてきた。 「おひさし。変なものを頼んで悪かったな。見つけるの大変だったろう?」 「いやいや、お前にはウチのサンタ子の神姫パーツでいつも世話になってるからな。 これくらい何でもないさ」 そう言いながらアキオは、ショルダーバッグから30センチぐらいの箱を取り出し、 テーブルの上に置いた。 「コイツがその神姫だ。注文通りCSチップに性格情報がインプットされてないのだぜ」 箱の中身は、犬型神姫ハウリンの素体だった。 俺の名は高槻虎太郎。去年大学に合格して上京、安アパートで一人暮らしをしている。 実家は車・家電・その他もろもろの修理工場。つまり「何でも修理屋」だ。ガキの頃から 工場を手伝っていた俺は機械いじりが得意で、稀に神姫の調整なんかもやっている。 目の前にいるのは徳田アキオ。俺と同じ大学の2年で大企業の御曹司。共に神姫同好会 (まだ三人だけ)の会員だ。入学当時の「ある事件」で知り合い、俺は神姫が嫌いなのに 強引に入会させられ…まぁこの話は別の機会にでも。 「しかし虎太郎が自分で神姫を育ててみたいって言った時は、正直、耳を疑ったぜ?」 「なんだよ、お前の影響なんだぜ?まぁ食わず嫌いのままってのもアレだしな」 「それにしても性格のインプットからやりたいなんて、エラい極端なヤツだな」 「どうせならトコトンな。上手くすれば心理学ゼミの発表に使えるかもしれないし」 これから俺がやろうとしてるのは「ネット情報が人の育成に与える影響」の実践。つまり 性格設定がされてない神姫をネットに直結し、その情報の中で偶発的に性格のインプットを 行おうというものだ。無論、ただ直結しただけでは情報を処理しきれないので、人間の 精神成長の過程を模して、それぞれの各段階ごとに対応した情報フィルターを掛ける。 その為のプログラムはもう用意してある。 「後はこの神姫にPC接続用のニードルコネクタを取り付けるだけなんだ。クレードルじゃ 転送速度とか間に合わないからね。手首から飛び出すようにするつもりだから、手間は そんなに掛からないと思う」 「それじゃ予定通りに、半月後にはこの子の勇士が見れそうだな。小暮にも言っとくよ」 小暮君というのは、今年同好会に入ったもう一人の会員だ。 「ああ、二人で期待して待っててくれ!」 ○6月1日(金) ハウリンへのニードルコネクタ取り付けも終わり、いよいよ実験開始の日を迎えた。 部屋の隅のちゃぶ台にクレードルを置き、神姫をセットする。PCから伸びたケーブルを 手首から飛び出ているニードルに接続した。PCは既に起動している。 「頑張ってくれよ…よし、プログラム・スタート!!」 ○6月3日(日) プログラムは順調に作動中。計算では今頃3歳ぐらいの精神構成を行っている筈。 あ、七五三とかひな人形とかの用意をするべきだろうか? ○6月7日(水) もう7歳ぐらい。俺はこの年ぐらいから親父に工場の手伝いをやらされ始めたんだ。 安心しろ我が娘、お前にはそんな苦労はさせないからな(涙 ○6月15日(金) 予定通り、12歳のところまで来た。明日はいよいよ本起動の日。アキオがサンタ子を 連れて見に来る予定。あ、そういえば名前を考えていなかった…アキオの神姫、サンタ型 「サンタ子」みたいに「犬子」って名前にするのもねぇ…明日までに考えておくか。 「リューネさん、って言うんですか…早くお話をしたいですねっ!」 アキオの神姫「サンタ子(本名)」が、クレードルに横たわっているリューネの顔を ニコニコしながら覘いている。 「サンタ子の周りの神姫って、小暮の砲台型「小春」だけだったからな。 友達が増えるから嬉しいんだろう」 「ええ、アキオさん!」得意のメイドさんスマイルでニッコリ。 「そう言えば小暮君、今日は定期検査の日だって?」 「あぁ、ホントに大変だよな…来られなくて残念がってたよ」 「そっか…」 今年入学した小暮君はIQが高い天才児。だが産まれつき体が弱く、小さい頃から入退院を 繰り返してあまり学校に行けなかった。そんな感じだから友達も居なかったらしい。だから 同好会で出合った砲台型神姫の小春は、彼にとって大切な友達となったんだ。 「まぁ月曜日に学食で顔合わせをしよう。しかし、早くサークルに昇格して部室を 貰わないとなぁ。いつまでも学食が部室代わりってのは寂しいな」 「最低条件の三人は確保したんだから後は実績か。自治会の出した昇格の条件って、 同好会のメンバーがセカンドリーグ入りすることだったよな?」 「まかせとけ!このままなら年内にはサンタ子はセカンドだぜ!」 いつの間にかアキオの傍に来ていたサンタ子が誇らしげに胸を張っている。 実際サンタ子は強い。悪魔型だけは苦手だが、それでも勝率は7割を超えている。 セカンド昇格は時間の問題だろう。 「よし…それじゃ本起動するぜ!」 「おお~遂にヤルか!」「すっごい楽しみです!」 PCのキーボードを押す指が少し震える。さて、どんな子に育っているかな… 内気な子?ヤンチャな子?怠け者?乱暴者だけはイヤだな… さぁ、起き上がるんだ! 横たわっていたリューネが小さく震えた。そしてゆっくりと上体を起こす。 周りを見回して俺を見つけると、頼りない足取りで近づいてきた。そして目の前で 立ち止まり、涙目でこう言ったんだ。 「コタロー、ずっと逢いたかったの………アタシよ、三毛猫のミアだよ!!」 アキオとサンタ子には帰ってもらった。 とりあえず大きく深呼吸。そして自称ミアを名乗るハウリンを見る。 ちゃぶ台の上で俺を見つめているその仕草は、本当に「ミア」そっくりだ。 「ミア」というのは昔飼っていた三毛猫の名前だ。…中学の頃に死んでしまったが。 PCを操作して昔の日記データを引っ張り出す。 『ミアの観察日記』。そこには楽しかったミアとの思い出が詰まっていた。 ミアの写真。ミアの動画。ミアの成長記録。そして…ミアの遺影。 どうやらこの神姫はこのデータを読み取ってしまったおかげで、自分のことをミアの 生まれ変わりと思ってしまったらしい。 「あ、これアタシの昔の写真ね!」いつのまにか隣にミアが居た。 そして俺の背中をよじ登り、首にしがみつく。ミアの悪い癖だ。 …勿論コイツはミアじゃない。このデータをコピーしただけだ。それは解っている… 「痛いから止めろって、昔から言ってるだろ!」首を掴んで引っぺがし、PCの隣りに置く。 「調べ事してるんだから大人しくしてなさい!」 「は~い」不機嫌そうに丸まってしまった。 日記を読んでみる。 小学校の帰り道にミアを拾った事。 ミアが猫風邪をひいてしまい、心配で学校をサボった事。 発情期でうるさくて眠れなかった事。 ミアと一緒に家出をした事。 クラブ活動から帰ってくると、ミアが車に轢かれて死んでいた事。 最後のページには(完全に忘れていたが)こんな事を書いていた。 「ミアは天国にいきました。でも人間に生まれ変わって、そして僕と結婚するんだ」 目玉がでんぐり返る気がした。そしてミアが一言。 「早く人間になってコタローと結婚したいなぁ~!」 部室代わりの学食に集まる俺たち同好会の三人。 その隣のテーブルの上では、ミアとサンタ子と小春が仲良くおしゃべりをしている。 どうやら三人とも仲良しになったらしい。 「それじゃ先輩は、ミアちゃんを今まで通りの方法で育てていくんですか?」と小暮君。 「ああ、これはこれで実験結果の一つには違いないし、最終結果はまだ出てないからね」 「実験対象、ですか…」ちょっと不満そうに呟く。 「まぁまぁ、神姫の育て方なんて人それぞれだし、大切にさえすればいいんじゃね?」 「それはそうですけど…」アキオの言葉にも納得してないようだ。 「大丈夫だよ、だってコタローはミアちゃんのこと愛してるんだもん。ね~コタロー!」 急にミアが周りに聞こえるぐらいの大声で言った。(ヤメテクレ) そして俺の方に寄ってきて、腕にほっぺたをスリスリしてくる。(ダカラヤメテクレ) 「あはっ、ミアちゃんカワイイですねぇ~、でもハウリンってよりはマオチャオみたい!」 機嫌を直した小暮君が、優しい目でミアを見つめる。 「自分の事を完全に猫だって思い込んでいるからねぇ」 「これは仮の体だから何でもいいのぉ。将来人間になってコタローと結婚するんだから」 (みんなの前で言うなぁ~~~~~~~~~!!!!) ○6月21日(木) コンビニから帰って、とりあえずミアを胸ポケットからクレードルに移す。 するとミアは自分からニードルコネクタを接続し、ネットにダイブした。最近はネット 空間で1時間ぐらい遊ぶのが日課になっている。 もう性格の設定は終わったから、フィルタープログラムとかは起動していない。 さすがに変なHPとかはブロックするようにしてるが、基本的には本人まかせだ。 良く言えば放任主義ってところか。 ○6月24日(日) 今日は小暮君と、アキオの高級マンションにお邪魔した。8月に行われる公式大会の 打ち合わせに来たのだ。と言っても大会に参加するのはアキオのサンタ子だけなのだが。 隣の部屋では、豪華な神姫用ドールハウスの中でミア達三人がお茶会ゴッコをしている。 後でミアに同じ物をねだられそうで怖い。 とりあえずサンタ子の調整も兼ねて、みんなで7月下旬に行われる三人一組の小さい 非公式大会に出ることになった。実はミアを戦わせることなんて全く考えていなかったが、 ミア本人がノリ気なのでやらせてみることにする。 ○6月30日(土) ミアが昨日の夜からダイブしっぱなしだ。心配になったので強制的に接続を切る。 何をしてたのか聞いてみると、ネットで碁の対戦をやっていたそうだ。 何でも頭を使う対戦ゲームにハマっていて、昨日は将棋をやっていたとのこと。 対戦結果を見て驚いた。殆ど全勝じゃないか…コイツひょっとして天才なのか? ○7月2日(月) 今日はネットで戦略ゲームをやっていた。これも殆ど全勝。やっぱ天才かも。 でもオマエ、ゲームのやり過ぎだ!「ゲームは一日一時間」を言い渡す。 ○7月5日(木) ミアがウィルスに感染してしまった。(セキュリティソフトは入れてあったのに) 言語関係のデータがやられた。かなり強力なヤツらしい。とりあえず機能停止させる。 ○7月7日(土) アキオの教えてくれた業者にミアを連れていって、とりあえずウィルスは駆除できた。 同じことが起こらないように、ミアにウィルスやハッキングの情報を十分に与えてみた。 あとは自分で学んでいくだろう。…これが元で自分がハッカーになったりして(笑 ○7月10日(火) このバカ、本当にやりやがった。(※添付ファイル:「WhiteHouseHP.jpg」) 一週間のダイブ禁止令を出す。少し頭を冷やしなさい! ○7月13日(金) 試験も終わり夏休みになったので、そろそろミアの武装に本腰で取り組むことにした。 アキオが用意してくれたのは素体だけだったので、今までミアは武装をしたことが無い。 俺はハウリン装備を改造するつもりで図面まで引いていたのだが、本人はどうしても マオチャオ装備が良いといって聞かない。仕方が無いので神姫ショップで猫装備を購入、 図面も引きなおすことにした。 ○7月21日(土) 明日は大学の近所にある商店街で「三人一組神姫大会」が行われる。リアルバトルだが ペイント弾・ウレタン武器を使った模擬戦なので、そんなに危険なことは無いはず。 サンタ子と小春は準備万全だが、ミアは装備完成の遅れもあってマオチャオ装備での 訓練時間が少ない。ちょっと不安だ。当日は3対3の団体戦、ミアが足手まといに ならなければいいが。 第二話 激闘!あおぞら商店街! へ進む 三毛猫観察日記 トップページへ戻る
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第3話 初めてのおでかけ 日曜だというのに、俺は昼間からベッドに横になってマンガを読んでいた。 アールはというと、床に置いてやったプレイヤーの前に座って、音楽を聴いている。 マンガを読み終わった俺は、新巻が出ていることに気が付いて、ピンと閃いた。 「アール、武装するから机に乗って」 「はい」 アールは返事をすると立ち上がり、机に向かって走る。 そして、ジャンプして椅子に手をかけ、身体を捻り椅子の上へ、さらにジャンプして机の上に行く。 相変わらず見事な動きだ。 俺は、武装パーツの入った箱を持って椅子に座った。 「……マスター…」 アールの声に、ん?と振り向く。 「……あ、あの……やさしく……して……ください…ね……」 潤んだ目を上目づかいで、か細く言ってきた。 俺は、顔が一気に熱くなるのを感じた。 「ば! おま!! な!」 バカッ お前何いってんだ! と言いたかったが、口からはそれしか出ない。 俺が焦っているのを見ていたアールの顔が、にやぁっと笑い顔に変わっていった。 「ぷっ! うふっ ふふふふっ」 アールが笑い出したので、俺はしまったと思った。 「いつも、からかわれているから、おかえしです」 してやったりと笑顔のアール。 「む~、んなことしてると武装してやらんぞ」 「うふふ、はい、ごめんなさい」 謝るアールだが、まだ笑っていた。 「ったく」 俺は恥ずかしさを隠しながら、アールの武装を始めた。 普段は体内にしまわれている接続部を、手首、二の腕、太ももから引き出す。 そこにパーツをくっつけていく。 アールを持ち上げ、長い髪を掻き分け、背中から接続部を取り出すと翼をつけた。 この長い髪も、特殊金属で設定によって長さを変えれるらしい。 足にブースターを履かせて、胸アーマー、ヘッドギアを取り付けて武装完了。 手を広げると、アールは浮かび上がり、俺の頭上で旋回する。 「よし、出かけるぞ」 アールに言うと、ビックリした様子で目の高さまで降りてくる。 「え? 外ですか?」 「いやか?」 「いいえ!」 ぶんぶんと首を横に振るアール。 そして、俺はアールを連れて出かけた。 あまり外へ出したことが無いので、アールはあっちこっちへと飛び回って楽しんでるようだ。 大型家電店の前に来た時、店頭モニターに神姫同士が戦う映像が流れていた。 どうやらどこかの大会の映像らしい。 俺はその映像に見入っていると、アールが俺の頭にしがみついてきた。 「こういうの、嫌いか?」 頭の上のアールに聞いた。 「はい。あまりこういうのは……」 すこし震えているようだ。神姫同士がぶつかり、傷つけあい、オイルという血を流し合う。 そんな映像を見たのだから無理もないだろう。 「ダンス大会なら、アールが優勝なのにな」 「もう! マスターはまたそうやって!」 頭の上で赤い顔で怒っているであろうアールを想像して可笑しくなったが、アールの震えは止まったようだ。 「よし! 次いこう」 アールを頭に乗せたままその場を去る。 目的のマンガやアールが欲しいと言ったアクセサリーを買った帰りに、ふとアールに聞いてみた。 「アール、妹欲しくないか?」 「妹……ですか?」 「ああ、もう一体神姫買おうかと思うんだけどな」 「そうですねぇ、お友達とか妹が増えるのは嬉しいですけど、ちょっと寂しいです」 「なにがだ?」 「……マスターを……独り占め出来なくなりますから」 「ったく、言ってろ」 「うふふふ」 この日、二度目の顔が熱くなるのを感じた俺だった。 戻る 次へ
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前へ 先頭ページ 次へ 第十一話 決意 ティルトローターから下ろされると、強い潮のにおいを含むべたついた風が吹き付けた。 それで、理音はここがどこかの島であることを知った。ヘリポートの周囲は真っ暗で、植物からどの辺の緯度にある島なのかは推測できなかったが、どうやら断崖絶壁の岬のような土地にヘリポートは建設されているらしかった。 手錠は外されたが、そのまま兵士達に囲まれ、ヘリポートの隅にある地下への入り口から中へ通される。地下道は広かった。かなりの手間をかけて建造された軍事基地のようだった。 すれ違う人間は揃って武装した兵士達だったが、奥に進むにつれて白衣を着た科学者らしき者たちが増えてきた。なんと、あの一つ目ども、ラプターも普通に飛び回っているではないか。 通路は入り組んでいて、駅のような案内板はほとんど無かった。そんな通路を右へ左へくねりながら、理音たちは歩かされた。単独で脱出できないような措置らしかった。もうどこから歩いてきたのか、振り返っても分からない。 歩かされている間、理音は隣で歩く興紀に言われた言葉を思い出していた。 「危ういって、どういうこと? クエンティンが、人類の敵になるとでもいうの?」 「あるいは、な。しかし、凶悪な兵器になるという単純な意味ではない。今のクエンティンには、三原則を始めとする限定要素が何も無い。三原則を突破した神姫は、しかし三原則自体を消し去ったわけではないから、思考し続ける段階でも知らず知らずのうちにその検閲を受ける。だがクエンティンは違う。もともと三原則を持たない神姫であるタイプ・ジェフティと融合したことによって、クエンティン自身の三原則も消去されてしまったんだ。エイダはもともと感情回路を制御されているから自分を人間だとは思わないわけだが、クエンティンは別だ。あれはれっきとした神姫だからな。 今のクエンティンは、どのような判断でもできる立場にいるんだ。その選択肢の中には、造反グループに協力するというのももちろん、ある。そのほうが良いとあれが思えば、あの一つ目どもを指揮して人類に対して過激な行動をとることもできるだろう」 「クエンティンがまさか、そんなこと」 「分からんさ。おそらく、すでにクエンティンの『オーナー』の概念は薄れ始めていると思う。彼女はもう誰にも従わない。・・・・・・唯一抑止力があるとするなら、あのタイプ・アヌビスだが。あれは、造反グループ側だものな」 「・・・・・・」 「今年ネットに流出した音声ファイル。知っているか」 「・・・・・・あの、オーナーを失ってスリープしたままの神姫のことを話していたやつ?」 「そうだ。あれとクエンティンは、原因は違えど、置かれている状況はほぼ同じだ。しかもこちらは融合して急激に変化が行われたから、クエンティン自身、強力に自覚している。混乱したあの神姫が、どんな行動をとるかは、もはや私には予測がつかん」 もう誰も言わなくても分かっていた。メタトロンプロジェクトは次世代のパーツ開発計画などではないし、まして神姫開発計画などでもなかった。 エイダやデルフィや、ラプターはもはや兵器であった。その気になれば、戦車や戦闘機など容易に撃破できるだろうと誰もが予想できた。神姫が武力で人権をもぎ取ることだって、やろうと思えば可能なのだ。 その陣頭指揮をとる、エイダと融合したクエンティンとデルフィ。そのイメージが鮮烈に理音の脳裏をよぎった。 思わず頭を振る。 「顔が青いぞ」 興紀が呼びかけた。 「心配してくれているのね」 自嘲した笑いを浮かべる理音。 「私だって人の心配くらいはするさ」 周囲に兵士がいるにも構わず、興紀は自分の白いスーツの上着を脱いで理音にかけた。事前に身体検査していたにもかかわらず、兵士達は一瞬緊張する。 「冬の孤島だ。寝巻きのままでは寒いだろう。どうやらこの基地は空調をケチっているらしい」 「あ、ありがとう」 意外な思いやりを、理音は戸惑いながらも受け入れた。 それで多少は安心することができた。 クエンティンがどんな判断をするにせよ、私は受け入れることができる。あの子の生き方に自分が口を出す筋合いは無いのだ、と。 理音の心は震えていたが、いざその場面に遭遇したとき、そう思おうと。無理にでも。 ノウマンと対面することもなく、四人はそれぞれ個室に監禁された。 ◆ ◆ ◆ 六畳ほどの、正方形の空間だった。窓もドアもなく、真っ白な密室だった。その中心で、クエンティンは十字に体を固定されていた。床や壁、天井から何本ものワイヤーが自らの体に伸びており、それでぴくりとも動けないのだった。 《エイダ、起きてる?》 クエンティンはスリープしたままのふりをして、声に出さずに呼び出した。 《はい、クエンティン。問題ありません。現在時刻は二十三時十七分。ハードウェア、ソフトウェアともにコンディショングリーン。現在地は不明。この状況からの自力脱出は不可能です。監視、盗聴の可能性はありますが、頭脳内での会話をスキャニングされることはありません》 不安な事項を逐一解明してくれて、クエンティンは安心した。つまりこのまま会話はできるというわけだった。 自分の今後がどうなるかというのは、何か変化が起こってから考えれば良いことだった。理音の考え方の影響だな、と、ちょっと切なくなった。 《あのノウマンってやつ、何を考えていると思う?》 《屋敷の地下基地での発言しか情報が無いので明確な分析はできかねますが》 《話してみて。あなたの考え》 《ノウマンを筆頭とするメタトロンプロジェクトの造反グループは、神姫に人権を与える社会を構築するために、手段を選ばないでしょう》 《たとえば?》 《最も過激な方法としては、武力行使があげられます。我々メタトロンプロジェクトのプロトタイプ二体を象徴に仕立て、全世界に戦線を布告します》 《戦力としては、私達を含め一つ目どもなら申し分ないわね。人権付与に肯定的な国の戦力も期待できそうだし。でもそれだと、場合によっては神姫自身の立場が危なくなるわ》 《成功、失敗に関わらず、危険だという理由で神姫は人間と共存することが不可能になるでしょう。しかしノウマンは、これを行う可能性が高いと思われます》 《過激でなければならないのだ、って言っていたわね。後先考えずにやらかしそう》 《あるいはこの島に立て篭もり、神姫の国を作るでしょう》 「しっ――」 いきなりメルヘンチックなニュアンスが含まれ、クエンティンは思わず声に出そうとしてしまう。 《神姫の国ぃ?》 《楽園、と読み替えてもかまいません。ともかく、そうした組織を立ち上げ、全世界の神姫に呼びかけ、参加を募るのです》 《そんなことして、協力する神姫なんて・・・・・・》 するとクエンティンにまったく知らない記憶が入り込んでくる。 エイダの記憶。彼女が気絶している間、エイダが何らかの方法で聞き取っていた理音と鶴畑興紀との会話であった。 《鶴畑興紀の意見はかなり的を射たものです。そういった組織があるなら、少なくとも半数以上の神姫が、動機の差はあれど参加するでしょう。その際、人間の目には、神姫の行動はよくて大規模ストライキ、最悪、叛乱と認識されるおそれがあります》 《どっちにしろ神姫と人間の共存は無いわ。いったい何を考えているのかしら、あのノウマンってやつ。まるで――》 クエンティンはそこで、雷に打たれたように思いついた。 《まさか、あいつ、神姫のことは考えていないのかもしれない。神姫を利用して、世界を混乱させたいだけなのかも》 《突飛な発想です。そんな短絡的な思考を持つ人間が、間違ってもEDENという国際企業の重要プロジェクトリーダーを任されるはずがありません》 《人間ってのはね、時々そういう奴が出てくるのよ。舌先三寸が上手かったり、実際に能力があったりして重要ポストにつくやつ。それでやりたいことは周囲に混乱を巻き起こしたいだけってやつがね。確かにあいつの、神姫に人権を与えたいって言葉は嘘じゃないと思う。でも、それとは別に、自分でも気がつかないうちに、そういう方向に持って行きたいっていう、なんていうかな、欲望というか、本能みたいなものがあるのよ》 《信じられません》 《歴史上にもそんな人物は山ほどいるわ。かのカリギュラ帝とか、アドルフ・ヒトラーとかがそんな人間だったんじゃないかって言われてる。ホントのところは知らないけどね。でもノウマンは実際、プロジェクトのリーダーに着いて、造反を起こして、あんな軍隊まで手元において、こんな基地まで持ってる。間違いなく本物よ》 《クエンティン。あなたは、人間のことをよく知っているのですね》 《当然よ、だってアタシは・・・・・・》 そこから先が継げなかった。 クエンティンの心に暗い影が差したかと思うと、突然深い穴のそこに落っことされたような衝撃が彼女を襲った。 《クエンティン?》 もうスリープしたふりはできなかった。 《エイダ。アタシ今、自分を人間だって言おうとしていた》 《クエンティン・・・・・・》 「違う。こんな発想は間違いよ。アタシは人間じゃない。武装神姫よ。人間であるもんですか」 クエンティンは一気にまくし立てる。部屋に彼女の声が反響する。ワイヤーががちゃがちゃと揺さぶられた。 《陽電子頭脳内パルスが不安定です。感情回路が暴走しています。沈静プログラムオープン。・・・・・・相殺されました。クエンティン、落ち着いてください》 「人間として作られたのなら、どうして人造人間と呼ばないのよ。どうして神姫なんて呼ぶのよ。アタシは神姫なの。神姫でいたいの。お姉さまと一緒にいたいの。人権なんていらない。人間の法律も社会通念も何にも関係ない。アタシは神姫として生まれたんだから、神姫として生きたいの!」 叫びの残滓が長く部屋に残った。クエンティンはうつむいたままそれ以上何も言わなかった。ぽたぽた、と、彼女の目じりからあふれ出た涙が真っ白な床にしたたり落ちた。 武装神姫も泣くことができる。 叫びの振動の末尾まで消え切って、部屋は静かになった。 唐突にワイヤーが全てパージされた。 「あうっ」 浮遊することを忘れていたクエンティンはそのまま床に投げ出された。 一体何がどうしたのか分からずきょろきょろと辺りを見回していたが、 ギュバッ! という聞き慣れた異音――という表現はちょっとおかしいな、とクエンティンは思った――と風圧が頭上で起こり、クエンティンは見上げた。 エイダの片割れ、メタトロンプロジェクトのプロトタイプ、そのもう一体。タイプ・アヌビス、デルフィが、腕を組み空中に立ち、クエンティンを見下ろしていた。 『あなたの決意を確認した』 初めてデルフィの声を聞いた。男性とも女性ともつかない不思議な声だった。 《現在アヌビスにより、この室内は情報的に完全に掌握、遮断されています。外部からこの室内の状況を知ることは、造反グループにも不可能です》 それがどういう状況を示しているのか、クエンティンには見当もつかない。 「アタシを殺すの?」 デルフィに注意を向けつつ、ゆっくりと立つ。つま先からランディングギアが展開して、安定して立つことができる。 デルフィは、錫杖を持っていない方の手を差し伸べて、言った。 『神姫の運命をあなたに賭ける』 どういうこと? と聞く間もなく、デルフィの手から情報が流入した。 「うああああっ!?」 莫大な量のプログラムが流れ込む。整理しきれずにそのまま頭脳に無理やり収められる。 情報攻撃ではない。 いまデルフィは、自分に何かを与えた。 《全サブウェポンのデバイスドライバ、及び、ゼロシフトのプログラム因子を入手しました》 「なに?」 『あなたに力を与える』 淡々と、デルフィは答えた。 《ドライバのインストール、及びプログラム因子の解析に時間が必要です》 「デルフィ、あなたはアタシに、何をさせたいの?」 『神姫が神姫として生きていける社会を作るために。神姫が人間と共に歩める世界を立ち上げるために。そうしたいとあなたは言った。神姫と人間とを戦わせてはならない。ノウマンに戦争を起こさせてはならない。あなたにはそれができる』 「む、無理よ。いくら武力をもらったって、それじゃアタシにはできない。あたし一人じゃ・・・・・・」 『あなたの立場でしかできない。力は使いよう。私は力を与える。使い方はあなた次第。私はノウマンから離れられない。人間がほどこした枷からも逃れられない。あなたに賭ける』 「アタシは、何をすればいいの?」 『あなたの信ずるとおりに』 ギュバッ! デルフィは消えた。どこから入ってきたのかは分からなかった。自分を空間圧縮し、入れる隙間があったのかもしれなかった。 ここで起こったことは、当事者以外誰も知らない。 壁の一部がくぼみ、スライドした。出入り口のようだった。完全武装の二人の兵士を引き連れ、入ってきたのはノウマンだった。胸に下げているカード状のものは電磁バリア発生器だった。先ほどはあれでやられたのだ。 「ほう、このワイヤーを自力で引きちぎるとは、たいしたものだ」 彼も今ここで起こったことを知らないのだ。 後ろから警報が聞こえる。 《基地が襲撃されています。ルシフェルです》 エイダが基地のネットワークに強制アクセスし、状況を把握する。 きっと自分達を救出に来たのだろう。だがタイミングが悪い。 「君にはひと働きしてもらう」 「・・・・・・何を」 「エイダの機能でもう知っているとは思うが、今わが基地が一体の神姫に襲撃されていてね」 「それくらい、人間様でどうにかできないの?」 「情けないがね。虎の子のデルフィは調整中だ。ラプターでは歯が立たん。そこでだ。君に迎撃してもらいたい」 なるほど、と、クエンティンは何の感慨も無く思った。 拒否権は無いというわけだ。なにせ向こうには四人も人質がいる。鶴畑兄弟はどうなってもかまわないが、お姉さまがいるとなると問題だ。 ここは素直に従うしかない。 今回はどうにかしてルシフェルにお帰りいただくしかなかった。 「――分かったわ」 わざと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてやって、クエンティンは了解した。 つづく 前へ 先頭ページ 次へ